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三条市出身のシンガーソングライター佐藤ひらりさんが国連合唱団平和コンサート出演へ スティービー・ワンダーとの夢も語る

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新潟県三条市出身の全盲のシンガー・ソングライター佐藤ひらりさん(24)が21日、市民栄誉賞を受けているふるさと三条市を訪問。「国連合唱団平和コンサートのための音楽による平和宣言」親善大使就任を滝沢亮市長に報告し、 震災被災地で歌を届けてきた歩みを平和活動へとつなげ、「音楽で平和を届けたい」と語った。

滝沢市長と話すひらりさん
滝沢市長と話すひらりさん

国連の仕事が夢だった 「やっと夢がかなう」

懇談の席でひらりさんは、国連関連の活動に加わることは以前からの夢だったと明かした。東京2020パラリンピックで国歌独唱の大役を果たした。母、絵美さん(51)も「パラリンピックばりに、やっと夢がかなった」と率直な言葉で喜びを表した。絵美さんも実行委員会の事務局平和推進首席担当に就いた。

今回の事業は、日本の国連加盟70周年を記念して行われる「国連合唱団平和コンサート」。国連職員らで構成する合唱団が約10年ぶりに来日し、東京、長崎、京都、広島の4都市で平和コンサートが開かれる。ひらりさんは、その親善大使を務める。

これに至るきっかけのひとつは、昨年12月20日に横浜で開いたクリスマスコンサートだった。そこに国連事務総長特別代表(東ティモール)を務めた長谷川祐弘さんがいた。

ひらりさんの歌を聴いた長谷川さんが、文化や芸術、音楽が平和な世の中をつくる力があるかもしれないと考え、国連合唱団実行委員会側へ話をつないでくれたと言う。

多様性を歌う国連合唱団 日本公演でコラボへ

国連合唱団は、専門の歌手集団ではなく、国連職員による合唱活動。それぞれの国の言語や文化を大切にしながら、各地の歌を歌い継ぎ、平和と多様性を発信している。

それぞれの国の言葉で歌うなど、言語を大事にして平和や多様性を伝えている。ニューヨークから来日するメンバー約30人との共演曲など内容はこれから詰めていく。

日本国連加盟70周年 国連合唱団平和コンサート
日本国連加盟70周年 国連合唱団平和コンサート

震災と復興の現場からたどり着いた「平和」

ひらりさんは小学生のころから東日本大震災の避難所など被災地に足を運び、歌を届けてきた。近年も能登半島地震に見舞われた被災地へ足を運び、復興途上の地域に寄り添っている。

そこで強く感じるようになったのは、復興と平和は別のものではないということ。ひらりさんは「復興も心が平和になることだと思う。目の前に大変なことがあれば、人の心にも争いが生まれる」と語り、「今こうして当たり前に誰かと話せて、ご飯が食べられる風景を続けるために、音楽で平和を届けたい」と訴えた。

今回の親善大使就任も、そうした被災地とのかかわりの延長線上にある。東日本大震災から15年のことし3月11日には、広島の被爆ピアノと陸前高田の「TSUNAMIヴァイオリン」を東京に招いたコンサートも開催。震災と戦争、被爆と復興を音楽で結びながら平和を考える活動を続けている。

ひらりさんの夢がついにスティービー・ワンダーに届く

また、米国の盲目のシンガーソングライター、スティービー・ワンダーさんと会いたいという夢が実現に近づいている。スティービー・ワンダーさんがガーナに移り住んだことを知り、ガーナに行きたいと話していた。「アフリカに行くなら、いつか会いに行きたい」と話していたら、思いがけない形で話が動き出した。

親善大使就任に伴って、平和コンサート実行委員会の統括実行委員長で元国連職員日本人会会長の池亀美枝子さんともつながった。池亀さんはたまたま上越市出身。池亀さんを介してアフリカ側にも連絡が届いた。さらに、ひらりさんが書いた手紙やひらりさんが今後アフリカを訪れる話がスティービー・ワンダーさんにも届いた。

母絵美さんとともに滝沢市長と歓談
母絵美さんとともに滝沢市長と歓談

滝沢市長も「ひらりさんのこれまでの活動が線となってつながっていくんですね」とびっくり。ひらりさんは「まだ会えると決まったわけではない」と前置きしたうえで、それでも「ガーナに行ったという爪痕を残す。今度、アメリカでもガーナでもいいので、スティービー・ワンダーさんと絶対にコラボしますと言っておきます」と断言した。

単なるあこがれで終わらせず、自分の言葉で目標を口にし、行動に移して近づいていく。その姿勢は、東京2020パラリンピック国歌独唱の舞台にたどり着くまでの歩みとも重なる。ひらりさんは「言い続けると本当に近づいていく」と語り、夢を口にすることの大切さを強調した。

5月はガーナの子どもたちと共演 8月には現地訪問も

アフリカとのつながりは、すでに具体的な動きになっている。5月29日にはガーナの子どもたちが初めて日本を訪れ、音楽を披露する機会があり、そこでまず共演の予定。8月には、ひらりさん自身がガーナを訪問する方向で話が進んでいる。

現地ではTICAD(アフリカ開発会議)ユース親善大使としての役割も担う見通しだ。すでにガーナ大使館関係者らとも接点ができている。アフリカの関係者に『アメージング・グレイス』が好きだと抱きしめられたエピソードも話し、ここ数カ月で一気にアフリカとの距離が縮まったと実感した。

能登での体験は歌が地域の心を動かした瞬間

ひらりさんの胸には輪島塗の壊れた器の破片から作られたハート形のブローチ(いちばん右)
ひらりさんの胸には輪島塗の壊れた器の破片から作られたハート形のブローチ(いちばん右)

この日の懇談では、能登での体験にも話が及んだ、ひらりさんは能登半島地震の被災地を訪れ、学校統合で誕生した門前学園の校歌を歌う役目を担ったことを話した。

地域では、学校がひとつになること自体への複雑な思いに加え、長年、親しんだ校歌が変わることへの抵抗感も強かった。新しい歌詞が配られても、住民のなかには受け入れがたい気持ちが残っていたという。

ところが、実際にひらりさんがその校歌を歌うと空気が変わった。歌い終えた後には、地域の人たちが校長のもとに「いい歌をつくってくれてありがとう」と声をかけたという。ひらりさんは作曲者ではないが、「歌が届くことで、心が少し動いた」と感じた。

能登の現地では、復旧がなお途上にある現実も目の当たりにした。道路には土のうが残り、傾いた家屋もそのまま。学校もようやく修繕が進み、給食を出せるようになったばかりという状況だった。

ひらりさんの胸には、輪島塗の壊れた器の破片からつくられたハート形のブローチ。傷ついたものから新しい意味が生まれることにふれた。

滝沢市長と馬場市議と並んで手で「I LOVE YOU」のサイン
滝沢市長と馬場市議と並んで手で「I LOVE YOU」のサイン

復興は建物や道路が直ることだけではなく、人の気持ちが前を向いていく過程でもある。ニュースで取り上げられる機会が減っても、現地では今も日常の立て直しが続き、ひらりんの活動はそうした「忘れられがちな場所」に歌で光を当てる役割も果たしている。

故郷から世界へ 音楽で平和をつなぐ歩み

こうした活動を支えるためにも、ふるさとからの後押しを求めた。平和コンサート実行委員会は事業への署名、協賛金、寄付金を求めており、ひらりさんは「音楽が少しでも平和をもたらせると思ってくださる方に、署名していただけたらうれしい」と市のホームページでの紹介などを期待した。

三条から被災地へ、被災地から世界へ。ひらりさんの活動は、ひとつひとつの現場で積み重ねてきた歌の力を、今度は国連加盟70周年の節目に世界へと広げようとしている。ひらりさんの平和発信はさらに大きな舞台へ踏み出そうとしている。

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