新潟県三条市と福島県只見町を結ぶ国道289号八十里越の早期開通を願い、2014年に両市町の小学生が埋めたタイムカプセルが24日、12年ぶりに掘り起こされた。当時の小学3、4年生は、大学生や社会人に成長。未来の自分に宛てた手紙を読み返して幼い日の記憶をたどり、来年夏の暫定開通と、その先に広がる交流に期待した。

開通を願って埋めたカプセル 12年ぶりに開封
タイムカプセルを埋めたのは、2014年10月9日。当時の三条市側の森町小学校と、只見町側の只見、朝日、明和の各小学校の3、4年生80人余りが、八十里越の県境トンネルと八十里越天空大橋の間にある外沢(とのさわ)スノーシェッド付近にタイムカプセルを埋めた。
児童たちは10年後の自分に宛てて手紙を書き、学校ごとに長さ48センチ、接合面を除く直径14センチ、ステンレス製のカプセルに入れた。
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国道289号 八十里越の早期開通の願いを込めたタイムカプセルを埋設、開く日は開通しだい (2014年10月9日)
https://www.kenoh.com/news/86216/

当時、開通までざっくり10年後とされていたことから、10年後の開封を想定したが、いつ開封するかは開通の時期しだい。想定より2年遅れての開封となった。
掘り起こし式には、20歳、21歳になった児童、三条市の15人、只見町の19人の34人が参加した。雨のなか、まだ開通していない八十里越に入って地中に眠っていたカプセルを掘り出した。


そのカプセルをスポーツセンターはやぶさに持ち帰って開封式。会場のカウントダウンに合わせて代表者がカプセルを開け、中に収められたアルミの袋をはさみで切ると、12年前の手紙が姿を現した。
幼い自分から届いた問いかけ 手紙に残る夢と記憶
森町小出身の会社員小柳陽大さん(21)が読み上げたのは、「19歳の自分へ」と書いた手紙。「19歳の自分は元気ですか」「ランドセルはまだありますか」「友達の名前は覚えていますか」と、未来の自分に次々と問いかけていた。
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手紙の内容はほとんど覚えておらず、開いてみて「こんなことを書いていたんだ」と驚いたという。ただ、手紙に書いた好きな色の紫は、今も変わらない。「これだけはずっと覚えていました」と笑った。
朝日小出身の目黒希さん(21)は、「10年後の希へ」と宛てた手紙を朗読した。陸上の練習に励んでいたこと、大好きなアニメ「ドラえもん」のこと。そして、いつも支えてくれる家族、けがをしたときに駆けつけてくれる友達、勉強を教えてくれる先生を大切にしたいという思いがつづられていた。
「仕事をしっかりできていますか。私の夢はケーキ屋さんになることです」。幼い自分からの問いかけを読み上げた目黒さんは現在、只見町役場の町民生活課で転入・転出の手続きや証明書の発行などを担当している。

手紙に何を書いたかはあまり覚えておらず、開封の瞬間は「ドキドキしながら」迎えた。今回、工事区間を通り、これまでの歩みを伝える写真も見て、開通が近づいていることを実感。「三条市とも行き来がしやすくなる」と胸を弾ませ、大きな病院へのアクセスや、三条の人たちとの交流にも期待していた。
「通り道から目的地に」 開通後の交流と再会を願う
両市町の代表は、開通後の地域に向けた思いも語った。森町小出身で、新潟県立大学3年の渡邉世梨さん(21)は、一緒にタイムカプセルを埋めた仲間との再会を喜び、長年工事に携わってきた人や、この日の催しを支えた人たちに感謝した。
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開通で人の往来が増えることに期待しながら、「入り口である三条市と只見町が通り道として知られるだけではなく、ここを目的地として訪れてくれる人が増えるといい」と願った。生まれ育った地域の魅力を多くの人に知ってもらう機会としても開通を楽しみにし、「只見町の皆さん、開通したら八十里越を通ってまたお会いしましょう」と呼びかけた。
只見小3年のときに埋設に参加した目黒元基さん(21)は、長野大学3年。今回の催しに合わせて長野から帰ってきた。埋めた場所やカプセルの形の記憶は薄れていたが、開封を通じて当時のことが少しよみがえったという。
開通後は帰省にも八十里越を使いたいといい、三条市と只見町を目的地として訪れてもらうため、「自分も何か手伝えることがあれば一生懸命、頑張りたい」と話した。

自分の手紙を発表した4人は一緒に写真を撮ったり、連絡先を交換したり。記憶から消えかかっていた12年前の出会いを確かな絆として取り戻していた。
12年前、自分に宛てた手紙を書いた子どもたちは、自ら地域のこれからを語り、八十里越を通った次の再会を約束した。
