新潟県三条市の三条市立大学(アハメド・シャハリアル学長)は23日、同大学で初めての「創立記念式典~地域をキャンパスに、世界を好転させる~」を開いた。2021年4月の開学から5年。今年4月、文部科学大臣による大学設置認可日の10月23日を創立記念日に制定して以来、初めて迎えた記念日となった。大学の設立や教育を支えてきた地域への感謝を示すとともに、次の5年に向けた大学づくりへの決意を新たにした。

地域産業の技術と経験を学びの土台に
式典には学生をはじめ、地域企業、行政、高校、同窓会、連携協定校などの関係者が出席。2部構成で行われた。
第1部の冒頭でシャハリアル学長は、開学から5年を振り返り、「設立に尽力くださった皆さん、教育と研究を支えてくださる企業、自治体、地域の皆様に心から感謝を申し上げます」とあいさつした。
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同大学は、三条市が掲げた実学を重視するものづくり大学構想に基づいて設立された。学長は、地域産業で培われてきた技術や経験を学びの土台とし、その未来を担う人材を育てることが大学づくりの原点だと説明した。
社会の変化によって求められる知識や技術は変わっても、「自ら声を上げ、人と力を合わせ、より良いものを生み出すその姿勢は、いつの時代も社会を発展させる力になると信じている」と述べた。
その力を育てるため、同大学は工学とマネジメントを結び付け、地域全体をキャンパスとして学ぶ教育に取り組んでいる。現在は190社を超える企業と連携している。
学生は、企業が培ってきた技術や挑戦の歩み、仕事への誇りに触れながら、正解があらかじめ用意されていない課題に取り組む。学長は「相手の話を聞き、手を動かし、うまくいかなければまた考え直す。その経験が未来を切り開く力となる」と述べた。

さらに、「実学とは、学んだことを現実の課題に結びつけ、その結果から学びを積むということ」と説明。その姿勢は学生だけでなく、大学にも必要だとした。
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大学の教育が学生の成長につながっているか、地域の期待に応えられているかを絶えず検証し、「必要であれば変える勇気を持ちながら、設立の志を実現する方法を見いだしてまいります」と語った。
次の5年へ、地域の挑戦を支える大学に
シャハリアル学長は、次の5年に向けた大学像にも言及。「学生が次の課題に踏み出せる大学、地域の皆様が新しい挑戦を相談できる大学、そして多様な知恵を地域につなげる大学を皆様とともにつくってまいります」と述べた。
三条で学んだ若者が地域、全国、世界で活躍し、そこで得た経験や人とのつながりを再び地域に還元する。その循環によって地域の可能性をさらに広げていく未来を描き、「設立の構想をそのような未来へつなげてまいります」と締めくくった。
「未知」に可能性を見いだす OISTのハ氏が講演
第1部では、沖縄科学技術大学院大学(OIST)准副学長のローレン・ハ氏による講演とセッションが行われた。演題は「『未知』にある可能性―まだ見ぬ未来へ、自分の道を切り拓く」。

シャハリアル学長は、見通しの立たない未来にどう向き合い、自ら道を切り開くかを考える機会になると期待を示した。また、未知の世界に可能性を見いだしてきたハ氏の歩みは、新しい大学を育てる上でも大きな励みになると述べた。
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ハ氏は、5歳のときにベトナム戦争を逃れ、家族とともに難民として米国へ渡った経験を紹介した。言葉も分からず、知人もいない、何も持たない状態から新しい生活を始めたと振り返り、「5歳で未知の世界に踏み出すことを余儀なくされた」と語った。
その後、大学では医師を目指して生物学を専攻したものの、成績が振るわず、医学の道を断念。病院の研究室で秘書として働く中で、研究成果や研究用ツールを世界の研究者につなぐ仕事にやりがいを見いだし、研究機関の運営やイノベーションを支える道へ進んだ。計画通りに進まなかった経験が、予想もしなかった新たな仕事につながったという。
さらに、カリフォルニアの研究機関を経て、OISTの立ち上げに携わった経験を紹介。「未来の科学を支える大学を、地図のない状態からどうつくるか」という課題に向き合ってきたとし、その経験は、新しい大学を地域につくり上げてきた三条市立大学にも通じると述べた。
AIの進歩にも触れ、機械は知識や技術を身に付けることができても、「何が良いのか」を理解し、判断するには、知識や技能に加えて人間ならではの直感が必要だと指摘した。
学生には「好きなことを一つ極めること」「何が良いのかを判断する力を養うこと」を呼び掛け、「未知」に直面しても自ら未来への地図を描いていけると励ました。三条市立大学の学生が、燕三条で長年培われてきたものづくりの技術と精神を受け継ぎ、新しい未来をつくる存在になることへの期待も示した。
大学を支える地域に感謝、教育の質で応える
第2部の冒頭でも、シャハリアル学長があいさつした。三条市が掲げた「実学系ものづくり大学」の構想を原点に、地域に蓄積された技術と経験を教育に生かし、ものづくりの未来を担う人材を育てるという理念を改めて説明。大学の設立や開学後の教育を支えてきた関係者への感謝を強調した。

「本日、まず伝えたいのは、その皆様への感謝」と述べ、大学設立への道を開いた関係者、実習で学生を受け入れる企業、学生を見守る地域、大学を信頼して学生を送り出した保護者らに、「多くの方の支えがあってこそ、今日の三条市立大学がある」と謝意を示した。
学生は企業の現場で、教室で学んだ知識を試し、知識だけでは解けない課題と向き合う。その中で、技術だけでなく「仕事に向き合う誠実さ、品質に責任を持つ姿勢、仲間と力を合わせることの大切さ」を学んでいると説明した。
企業が学生を育てるために時間と手間をかけていることに触れ、「私たちは教育の質を高めることで応えていかなければならない」と強調。学生の成長と新たな知恵を通じて、地域の未来に貢献する決意を示した。
大学が掲げる「世界を好転させる」という言葉については、「日々の小さな実践から始まります。目の前の困りごとに気づき、人の声に耳を傾け、学んだことを役立てる」と説明。「その一歩を重ねられる人を、この地域で、この地域とともに育てていきたい」と述べた。
国定氏、実学系ものづくり大学構想の原点を語る
来賓を代表し、前三条市長の国定勇人衆院議員が祝辞を述べた。大学設立構想に携わった一人として、「実学系ものづくり大学」の構想が生まれた当時を振り返った。

国定氏は、三条市長3期目を目指していた当時、燕三条地域の企業経営者と意見交換する中で、企業側と学生側との間にあるミスマッチを「ものすごく根の深い問題」と捉えるようになったと説明。その解消に向け、三条に「実学系ものづくり大学」をつくることを選挙公約に掲げたと話した。
「フルボッコ状態」からのスタート
しかし、当時は新たな大学の設置構想に厳しい反応があった。「この実学系ものづくり大学をつくるというのは、非常に受けが悪い時代でした」と回顧。少子高齢化が進む中、人口10万人に満たない地方都市が大学を新設することに対し、国の関係者らから「ほとんどフルボッコ状態」と言えるほど批判を受けたと語った。
それでも構想を進めた背景には、当時の理系大学が研究に重点を置く一方、「企業のための実践的な人材を育てるという視点に欠けていた」との問題意識があったという。
さらに、開学から5年を経た現在、実践的な理系・デジタル系人材の育成が国の成長戦略でも重視されるようになったことに触れた。高市内閣は「日本成長戦略」の実行計画で、人材育成の強化や高校・高等教育の改革などを横断的課題として盛り込む方針を示している。
国定氏は、自民党内の教育関係のプロジェクトチームでの議論でも、三条市立大学の実践的な人材育成を紹介してきたと説明。地域企業による学生教育への協力も含め、「これが一つの形で結実したんだろうと思っている」と述べた。
そのうえで、同大学を「まだまだ発足して間もない、出来たてほやほやの大学」と表現。今後、大学をさらに強く育てていくには地域の協力が欠かせないとして、引き続きの支援を呼び掛けた。

29団体・個人に感謝状 吉武氏の記念講演も
式典では、29団体・個人に感謝状を贈呈した。代表として、一般財団法人高波龍風記念財団の高波久雄代表理事が、シャハリアル学長から感謝状を受け取った。
第2部では、学校法人東京家政学院理事長の吉武博通氏が「変革と協働でひらく大学と地域の未来」と題して記念講演した。

吉武氏は冒頭、大学をつくり、育ててきた三条市や産業界、大学関係者の取り組みを評価し、同大学が日本の大学の一つのモデルになっているとの見方を示した。
また、鉄鋼会社でステンレス事業に携わった経験に触れ、燕三条は大切な顧客が集まる地域だったと紹介し、地域との縁を語った。感謝状が贈呈された29団体・個人は次の通り。敬称略。
感謝状贈呈者一覧
株式会社IPS PLIERS
安全自動車株式会社
合資会社越前屋ホテル
国際ソロプチミスト新潟・茜
ゴッドハンド株式会社
株式会社コングケア
三条北ロータリークラブ
三条信用金庫
三条ロータリークラブ
ジョブハッチ株式会社
株式会社スターベッツ
株式会社スノーピーク
株式会社大光銀行
株式会社第四北越銀行
株式会社高儀
一般財団法人高波龍風記念財団
日本精機株式会社
株式会社ハードオフコーポレーション
パール金属株式会社
はばたき信用組合
はばたき信用組合三条地区友の会
ヤマト運輸株式会社
阿部等
生井純子
泉内亮
今井愛郎
田代昌彦
平野利明
堀内麻衣
