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弥彦から世界へ飛び出した先輩が母校で講演 パラグアイ在住の立川巧雪さんが弥彦中3年生にエール

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新潟県弥彦村立弥彦中学校(廣川統校長・生徒189人)で9日、弥彦村出身で南米パラグアイ在住の起業家、立川巧雪(たちかわ・こうせつ)さん(35)のキャリア教育講演会が開かれ、3年生66人が「弥彦から世界へ飛び出た日本人」の生き方に耳を傾けた。

弥彦中3年生のキャリア教育講演会で講演する立川巧雪さん
弥彦中3年生のキャリア教育講演会で講演する立川巧雪さん

弥彦出身の起業家が母校で講演

立川さんは弥彦村矢作出身、弥彦中学校卒業で生徒にとっては大先輩。県立三条東高校から長岡造形大学へ進み、大学の卒業設計でパラグアイに学校をつくる構想を提案して全国大会で最優秀賞を受賞した。

それをきっかけに、2013年にパラグアイへ渡った。現在は首都アスンシオンで「TACHIKAWA Design E.A.S」を経営。建築デザインを中心に、緑色で水より重い木材パロサントを使った木工クラフトブランド「Todo Palo Santo MIDORI」も展開している。

講演会は「弥彦から世界へ飛び出た日本人~立川巧雪さんキャリア教育講演会~」と題し、キャリア教育の一環として企画。立川さんは約40日間の一時帰国中に全国23カ所で行っている「緑パラグアイレクチャー2026」の22カ所目、セミファイナルとして母校で講演した。

「僕らの北は弥彦」

立川巧雪さん
立川巧雪さん

立川さんは「未来の明るい後輩のみんなの前で話せてとてもうれしい」と始めた。講演のキーワードはスペイン語の「Nuestro norte es el sur」。英語で「Our North is South」、日本語で「私たちの北は南」という意味で、南米の思想家・芸術家が唱えた言葉として紹介した。

世界地図は北が上に描かれることが多いが、「別に人のまねをする必要はない。自分たちは自分たちでいい。それを大切にすればいい」と説明した。

そのうえで「弥彦で育ったことは皆さんのアイデンティティー。弥彦に生まれ育ったみんなはラッキー」と強調。「東京がいい、海外が素敵だというあこがれもあると思う。よそのことを知るのも大事。でも今、生きている、住んでいる弥彦村を大切にしてほしい」と求めた。

クイズ形式で、妻も弥彦の小中学校の同級生で、パラグアイで生まれた娘には名前も名字も国籍も2つあること、パラグアイから日本までチリ、オーストラリアを経由して50時間かかったことなどを紹介。生徒に問いかけながら話を進めた。

立川巧雪さん
立川巧雪さん

20万円を手に旅立ったパラグアイは「絶望のスタート」

一方で、海外へ出るまでの道のりは順風満帆ではなかった。大学4年の卒業設計に行き詰まり、恩師から厳しくしかられていたころ、知り合いのアーティストから「先生を見返すしかない。パラグアイへ行って自分の足で確かめてこい」と20万円を渡されたエピソードを紹介した。

「英語もスペイン語もできない。パスポートもない。でも受け取って、1週間後にパスポートを取り、その1週間後にはパラグアイに着いた」と振り返った。

しかし、渡航初日に買ったばかりのiPhoneをバス停で盗まれ、仕事もなく、最初の1週間は泣きながら部屋の大掃除。新聞配達をし、時給200円のオンラインの仕事も受けた。「絶望のスタートだった」が、「答えは簡単。頑張るしかない。あきらめずにがむしゃらに突き進むしかない」。

そこで大切だったのが「Help me」だったという。「大変な時、つらい時、自分で抱え込まずに口に出して助けてくださいと言う。僕の人生は本当にそれ。いろんな人に助けてもらってここまでやってこられた」と述べた。

パロサントの木工品を手に取る

持参したパロサントの木工品などパラグアイの産品
持参したパロサントの木工品などパラグアイの産品

立川さんが現地で扱う南米原産の天然の香木「パロサント」は、緑色をした硬く重い木で、水に沈むほど密度が高く、香りも特徴的。生徒は実際に木材やはし、コースター、先住民の手彫りの工芸品、パラグアイの伝統刺しゅう「ニャンドゥティ」を使った扇子などを手に取り、重さや香りを確かめた。

立川さんは、パロサントの箸が岸田文雄元首相や台湾の蔡英文前総統に贈られたこと、ニャンドゥティの扇子がスペイン王妃の手に渡ったことも紹介した。

さらに、パロサントの植林プロジェクトが政府機関やWWF関係者らも関わる取り組みになった経緯についても、「最初は自分が口に出しただけ」と説明。「こんにちはだけで終わっていたら何も変わらなかった。口に出さないことには変わらない。自分のしたいこと、好きなことを口にすることが大切」と生徒に語りかけた。

立川さんも紹介された『世界へ飛び出た100人の日本人』を献本
立川さんも紹介された『世界へ飛び出た100人の日本人』を献本

「口に出すことが大事」

講演後の質疑では、生徒から「パラグアイに住んで良かったと思う瞬間は」と質問があり、立川さんは「すべて。パラグアイに行ったから今の仕事ができたし、皆さんに会えたのもパラグアイに行ったから」と答えた。

生徒代表は「立川さんがいろいろなことを口に出して、そこから国家プロジェクトにつながっていったことが印象に残った。今日の話を学校生活や生徒会に生かしたい」と感謝を述べた。

講演を聞いた3年生の女子生徒は「海外に行って活躍しているのがすごいと思った。クイズや大喜利みたいなやり取りもあって面白かった」と話した。

別の男子生徒は「言葉にしたことが国家プロジェクトになったという話で、口に出すことは大事だと思った。自分も頑張ってみようと思った」と刺激を受けていた。

3年生と記念写真
3年生と記念写真

立川さんは最後に「人生は何があるかわからない。飛び出してみる、頑張ってみる。弥彦の先輩からのメッセージです」と後輩にエールを送り、立川さんが100人の1人として紹介された本『世界へ飛び出た100人の日本人』(集英社インターナショナル)を学校にプレゼントした。

10日は中澤利彦さんとトークセッション

また、翌10日が立川さんの「緑パラグアイレクチャー2026」ファイナルで、午後6時から弥彦村の(株)二村建築敷地内のスマイルステージで、ニューヨークのアポロシアターで2年連続優勝を果たした燕市(旧吉田町)出身のプロダンサー、中澤利彦さんとトークセッション「中澤・立川トークセッション2026@弥彦」を行う。

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