ことし2月に営業を停止した新潟県三条市横町2の割烹「餞心亭おゝ乃(せんしんていおおの)」が、新たな運営会社のもとで「せんしんてい」として復活した。(株)コロナ興産(東京都豊島区・内田力代表)が土地・建物を取得し、三条商工会議所青年部の会長を経験した小野塚雄也さん(45)が(株)餞心亭を設立して代表に就任。10月1日に営業を再開した。料理長をはじめ元スタッフが再び集まり、老舗の料理とおもてなしを受け継ぎながら、個室の活用や食品のネット販売など、新たな事業にも取り組む。

「地域になくてはならない」 内田さんの支援で再建へ
旧店舗を運営していた(有)角屋(かどや)は、1897年(明治30)創業。鮮魚の行商を源流に仕出し、割烹へと事業を広げ、割烹「餞心亭おゝ乃」と結婚式場「ザ・ガーデンテラスおゝ乃」を運営してきた。
県央地域の婚礼や宴会、企業・団体の会合を担っていたが、婚礼や宴会の小規模化にコロナ禍の影響、借り入れの返済負担などが重なり、ことし2月16日に営業を停止した。負債は約6億円にのぼった。
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突然の営業停止に、利用していた企業や団体からは、会合や宴会を開く場所を失ったことを惜しむ声が上がった。小野塚さんも青年部の活動などで利用してきた一人。「場所がなくなった」と周囲と話し、自分も残念に思っていた。
その小野塚さんに再建の話が持ち込まれたのは、営業停止から1、2週間ほどたったころだった。青年部を通して面識のあった内田さんや元従業員らから再び営業できないかと声がかかった。
コロナ興産は(株)コロナの親会社にあたり、不動産賃貸・管理も手掛ける。小野塚さんによると、内田さんには、この場所を地域に残したいという強い思いがあった。
一方、コロナ興産が土地・建物を購入すれば、実際に経営を担う人が必要になる。取得と運営者の確保を一体で進めるなかで、小野塚さんに白羽の矢がたち、経営を引き受けることになった。
2月後半には、破産管財人を通じて土地・建物を購入する意思を示していた。それから建物に加え、婚礼や宴会で使っていた備品、絵画、車両などをどう扱うか、調整に数カ月を要した。
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小野塚さんは、土地・建物の購入時期と新会社の設立について内田さん側と相談を重ねた。9月29日に株式会社餞心亭の登記を完了し、10月1日に営業再開にこぎ着けた。
内田さんの支援は再開後の利用にもつながっている。旧店舗の営業停止を心配していた企業関係者に、内田さんが再開した店の利用を勧め、企業の会合や懇親会の予約が入った例もあったという。
異業種の経営者に託した、新しい事業と数字の管理
小野塚さんは、女性用の農作業着などのネット販売を手がけ、現在も電子商取引(EC)の事業に取り組んでいる。コロナ禍には冷凍食品の店を運営した経験があるものの、飲食店の経営は初めて。再建を持ちかけられた当初は、全くの異業種だと感じた。
それでも内田さんが求めたのは、従来の料亭や宴会の営業を再開するだけの経営ではなかった。料理や接客は、経験のあるスタッフが担い、これまでの質を維持する。そのうえで、新しい事業展開を考え、デジタルの活用や業務の改善、数字の管理を進める役割が小野塚さんに託された。それなら自分にも貢献できると考えた。
もう一つ、背中を押したのが、利用客として知っていた旧店舗の接客の良さだった。料理だけでなく、おもてなしやコミュニケーションの質の高さに、再び営業できる可能性を感じていた。
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周囲からは、再建は厳しいのではないかという声もあった。それでも小野塚さんは、誰もがこうした挑戦の機会を得られるわけではないと受け止めた。ひとりではできない仕事を、スタッフとともに進める決意を固めた。
新体制では、原価率など、経営上、守るべき基準を現場と共有する。その範囲内で、料理や接客の具体的な仕事は各部門のリーダーに任せる。現場の経験を生かしながら、支出や収益を管理し、営業を続けられる経営を目指す。
元スタッフが再集結 若女将は通算約25年の経験
従業員はパート、アルバイトを含め21人。その約8割が旧店舗のスタッフだ。再開を待っていた人も多く、いったん別の職場に移ってから戻った人もいる。

チーフプランナーだった岡村沙也佳さん(48)も、その一人。高校卒業後に「おゝ乃」に入り、6年余り働いたあと、いったん別の仕事に就いた。2007年に戻ってからは、ことし2月の営業停止まで通算、約25年にわたり、店と利用客を見てきた。
新会社では若女将に就いた。「そんなつもりではなかったんですけれども」と話し、小野塚さんに促されて就いた肩書には、まだ照れや戸惑いものぞく。
店名は「おゝ乃」を外し、すべてひらがなの「せんしんてい」とした。会社名は漢字の株式会社餞心亭で、六角形の中に「心」を配した従来のロゴマークを引き継ぐ。
岡村さんは、「餞」の字が「はなむけ」を意味することにふれ、人生の節目や再出発の場として利用してもらい、料理と気持ちでおもてなしをするという思いが店名に込められていると話す。その思いを、新しい店でも継承していきたいという。
設備を修繕し再開 料理長の裁量も広げる
再開には、営業を支える設備の修繕も必要だった。既存の全館空調には使えなくなっていた部分があり、今後の維持も考え、2階の大ホールには独立した空調を導入した。1階は既存設備の使える部分を生かす。
厨房の冷蔵設備なども更新し、2階ロビーの傷んだじゅうたんや自動ドアを修繕。エレベーターの点検なども行った。
見た目を大きく変える改装より、これまで手を入れられずにいた設備を直し、費用を抑えながら営業できる状態を整えることを優先した。
料理長も旧店舗から引き続き勤務している。小野塚さんは、献立や仕入れを料理長に任せ、予算の範囲内で作りたい料理、客に出したい料理を考えてもらう方針だ。
岡村さんは、料理長が自分の考えをより反映しやすくなったと感じている。献立を見ても、1年前とは違う内容になっているといい、これまでの料理を受け継ぎながら、新しい持ち味も出始めている。
当面は1階の個室と2階の宴会場2室で営業する。大きな宴会場は最大200人を収容できるが、調理体制を踏まえ、利用は当面1日150人までとする。3階の宴会場とチャペルは、しばらく休止する。
企業との関係を深め、少人数の個室利用も開拓
再建後の柱となるのは、企業や団体の宴会、会合だ。ただ、需要の変化に合わせた営業も必要になる。
岡村さんによると、コロナ禍を境に、企業の宴会は全員参加から希望者の参加へと変わった。かつて100人で利用していた企業が、70人、60人になる例もあった。
小野塚さんは、企業との関係を深め、宴会に加えて役員会や昼の会議、新商品の披露などにも利用してもらいたいと考えている。
力を入れるのが、1階の個室の活用だ。大きさの異なる個室が4室あり、2人から使える部屋や、6人ほどの利用に適した部屋もある。少人数で落ち着いて食事を楽しむ需要を取り込み、企業の役員らによる会食などにも対応したいという。
利用を検討する人からは、1万円を超えるコースや1万5,000円ほどのコースなど、より上質な料理を求める声も寄せられている。こうした要望も取り入れ、個室での利用から企業全体の宴会へと広がることにも期待する。

宴会料金は、2時間の飲み放題付きで、大皿盛りのオードブルコースが税込み7,000円から、1人ずつ料理を提供する銘々料理のコースが同7,700円から。再開後はすでに企業や団体の利用が始まり、再開を喜ぶ声が寄せられている。
庭園、ネット販売、音楽イベント 「ここから何か始まる」場所へ
宴会に加えて育てたいのが、料理人の商品企画・製造の力と、小野塚さんのECの経験を組み合わせた事業だ。食品のネット販売や、ふるさと納税返礼品の展開に向け、商品を企画していく考えだ。
施設の魅力として、ロビーから見える庭園にも目を向ける。小野塚さん自身、利用客だったころは、入口からそのまま2階の宴会場に上がり、庭をじっくり見ることは少なかった。しかし、再建に携わるなかで、もっと生かせる場所だと感じるようになった。
庭を眺めながら食事ができる部屋や別邸「桂」を活用し、料理と景色を楽しんでもらおうと計画する。池のコイを見ているうちに愛着が湧き、庭とコイを生かしたコースなどができないかと思いを巡らせる。
小野塚さんは、東京のホテル椿山荘東京の庭園を見学し、小さな庭でも、その広さに合った良さを表現できるのではないかと考えた。将来的には、雲海やプロジェクションマッピングなどの演出と、コース料理を組み合わせる構想もある。
婚礼は積極的な集客の柱とはせず、要望があれば対応する方針。会場で歌やギターを披露したいといった相談もあり、音楽イベントなどへの貸し出しも考えている。
小野塚さんが目指すのは、食事に訪れるだけの場所にとどまらず、人や企業が集まり、一緒に何かを始められる拠点だ。企業同士の交流からアイデアが生まれ、新たな事業につながることも期待する。
「ここから何か始まるっていう拠点にしたい」。内田さんの支援と、戻ってきたスタッフの経験を力に、地域の宴会の場として親しまれてきた施設が、新たな役割を担おうとしている。問い合わせは電話080-2112-1468。
