新潟県燕市の総合格闘技道場「SAI-GYM(サイジム)」代表の横山朋彦さん(48)=リングネーム・YOKOSAI=が、9月3日から6日まで東京・国立代々木競技場で開かれた柔術の世界大会「SJJIF WORLD JIU-JITSU CHAMPIONSHIP 2026」のノーギ(No-Gi)黒帯部門で優勝し、昨年に続いて2連覇を達成した。24歳で格闘技を始め、プロ修斗選手として活動した後、地元燕市でジムを設立。現在は選手を育てながら自身も競技を続け、「自分が勝つことでジムを知ってもらい、選手たちのプラスになれば」と話している。
黒帯ライト級、準決勝は延長の末に勝利
大会には30カ国以上から約6,000人が参加し、4日間にわたって試合が行われた。横山さんが出場したのは、柔術着を着用しない「ノーギ」の46歳以上50歳以下、黒帯ライト級。黒帯は柔術の最高位で、横山さんの階級には5人がエントリーした。
シードとなった横山さんは準決勝から登場。韓国選手との試合は5分間で決着がつかず延長に入り、判定で勝利した。決勝では日本選手と対戦し、ポイント8―0で勝って頂点に立った。
横山さんは前年の同大会でも同じカテゴリーで優勝しており、世界大会は出場した2大会でいずれも優勝。2年連続で世界の頂点にたった。
24歳で格闘技の世界へ
横山さんは1978年生まれ。旧吉田町で育ち、高校では野球部に所属した。北海道の専修大学北海道短期大学を卒業後、地元にUターンし、建設会社に勤務。24歳のとき、新潟市の格闘技ジム「ピロクテテス新潟」に通い始め、本格的に格闘技の道へ進んだ。
総合格闘技(MMA)のアマチュア修斗で実績を重ね、2006年、28歳で全日本アマチュア修斗選手権ライト級で優勝したのを機にプロへ。しかし、思うような成績を残せず、4戦すべてKO負けし、引退を余儀なくされたが、その経験が後の競技人生につながった。
2010年3月には実家の建築会社が使っていた作業場をDIYしてSAI-GYMを設立。2階の一角にマットを敷き、リングも手作りしてスタートし、それから約5年かけて施設を拡張。2023年9月には見附道場も開設し、現在は2拠点で約140人が通う。
40歳でプロMMAに復帰、45歳で引退
しかし、1度も勝てずに引退したことが「ずっとどこかで引っかかっていた」。その思いに決着をつけようと、40歳でプロMMAに復帰して再びリングに上がり、5戦3勝2敗の戦績を残した。
2023年9月3日、45歳で行った試合を最後にプロMMAから引退したが、打撃のないブラジリアン柔術やノーギの大会にはその後もコンスタントに出場を続けている。
「自分が勝つことより、ジムや選手のため」
今回の世界大会優勝について横山さんは、「もちろん勝てばうれしいが、自分が勝つことよりジムの方が大事」と話す。
SAI-GYMには現在、プロとして活動する選手が十数人在籍する。横山さん自身が大きな大会で結果を残すことで、「SAI-GYMという名前を関東の関係者にも知ってもらえる。そうすれば所属選手に試合のオファーが来る可能性も上がる」と考えている。
「あそこのジムの代表が世界大会で優勝したんだとなれば、SAI-GYMってどんなジムなんだろうと思ってもらえる。それが選手たちのプラスになればいい」。
アルバイトをしながら格闘技を続けた時期がある。競技だけで生活する難しさをいちばん知っているだけに、所属する選手には「本気でやりたいなら、ここからでも格闘技で食べていけるような状況をつくってあげたい」と力を込める。
目標は単に世界チャンピオンを育てることではない。「格闘技で生活ができたり、人生を変えていったりする。その手伝いができたらいい」。自身の挑戦も、そのためのひとつの手段と考えている。
48歳になった今も競技を続ける横山さん。今回の世界大会は昨年、ことしと日本で開催されたので出場した。今後については、すべての大会を追うのではなく、「大きい大会ならまた出ようかな」と笑う。燕市から選手を育てながら、自らもマットに立ち続ける。
