新潟県弥彦村の「令和8年度弥彦村二十歳のつどい」が15日、四季の宿みのやで開かれた。20歳を迎えた対象者80人のうち55人が出席し、旧友や恩師との再会を喜び、ふるさとへの感謝を胸にそれぞれの未来へ力強く歩むことを誓った。
弥彦の二十歳のつどいは、成人式の時代から盆の15日が恒例。男性は季節に関係なくスーツだが、女性は真夏なので振り袖を着る人はなく、結婚式に参列するようなおしゃれな洋装で出席した。
対象は2005年4月2日から2006年4月1日までに弥彦村で生まれた人たち。式典は20歳の若者でつくる実行委員会が進行し、村長や来賓の祝辞、代表2人の誓いの言葉、恩師からの激励などが行われた。
「村づくりは究極のところ人づくり」
本間芳之村長は式辞で、参加者が育った20年間に情報通信、ロボット、AI(人工知能)などの科学技術が急速に進歩した一方、コロナ禍が学生生活に大きな制限を受けた世代だと振り返った。
国際情勢の変化や物価高騰など、国内外を取り巻く環境が大きく変化するなか、「どのような時代の変化があろうと、最も大切なのは人そのもの」と述べた。
さらに「弥彦の村づくりは究極のところ人づくり。ふるさと弥彦村を愛し、強い意志と知恵を持って地域の発展を支えようと努力する人材づくりこそが、地方創生の礎」と強調した。
弥彦村では、出生から18歳までをひとつのパッケージとした切れ目のない子育て支援を進めていることを紹介。弥彦神社や弥彦山、温泉、おもてなし広場を核とした観光、伊彌彦米や枝豆を中心とした農業、ふるさと納税や弥彦競輪による財政基盤の強化、保育園、小学校、中学校の12年間をつなぐ教育、弥彦燈籠まつりなど、村独自の取り組みを今後も着実に進めるとした。
20歳を迎えた若者たちには「これからの弥彦村の発展を、直接的にも間接的にも力強く支えていただきたい」と期待。「歴史、伝統、文化に彩られた自然豊かな弥彦で育ったことを誇りに、同期の皆さんや友人たちと強い絆で支え合い、励まし合いながら、夢と希望に満ちた人生を堂々と歩んでほしい」と門出を祝った。
いつか弥彦へ帰り、ともに未来を
本多隆峰村議会議長は来賓を代表して祝辞を述べ、家族をはじめ、これまで成長を支えてくれた人たちへの感謝を大切にするよう求めた。
人生百年時代、AI時代を迎え、情報や選択肢が増える一方で、人と人とのつながりや心のあり方がより問われるとし、「人生は長い。焦ることなく、いかなる困難も自分の力を信じて乗り越えてほしい」と激励。「いつかできることなら弥彦村へ帰ってきて、未来の弥彦村をともに築いていただきたい」と期待を寄せた。
「希望を届けられる大人になりたい」
二十歳を代表して桜美林大リベラルアーツ学群3年の橋本里帆さんは、県外での生活や海外で学ぶ機会を通じ、さまざまな文化や価値観、人との出会いにふれた経験を紹介した。
離れて初めて弥彦は単に育った場所ではなく、自分らしさや大切な価値観を育んでくれた、かけがえのない場所だと気づいた。「いつでも帰ってこられる弥彦があったからこそ、新しい世界へ一歩踏み出す勇気を持つことができた」と振り返った。
自分にとって大人とは完璧な人ではなく、「誰かの可能性を信じ、その人に未来が楽しみだと希望を与えられるような存在」。「これまで受け取ってきた愛や希望を、今度は私たちが次の世代へつないでいきたい」とし、それぞれの場所で挑戦を続けながら、誰かに人生の可能性を感じてもらえるような「希望を届けられる大人になる」と誓った。
AI時代だからこそ人とのつながりを
もうひひとり、埼玉大工学部3年の鈴木康大さんは、小学校での米作りや弥彦燈籠(とうろう)まつりへの参加、中学校での地域学習やおもてなし広場での「ふるさとキャラバン」などを振り返った。
弥彦でしかできない経験を通じて、豊かな自然や歴史に触れ、地域の人たちと交流するなかで、ふるさとを大切に思う心と人とのつながりの大切さを学んだ。
生成AIをはじめデジタル技術の普及で生活が便利になる一方、それらを正しく使うための知識や判断力、責任ある姿勢が必要になると指摘した。
「容易にAIに相談できる時代だからこそ、家族や友人など身近な人とのつながりを大切にし、自分自身で考え、判断することを忘れてはならない」と述べ、「私たちの歩む道はそれぞれ異なるが、弥彦で育ったことを誇りに思い、それぞれの未来に向かって力強く歩んでいく」と誓った。
「弥彦は温かく迎えてくれるホームグラウンド」
式典には小中学校時代の恩師8人も出席し、ひとりずつ思い出を交えながら二十歳に育った教え子を激励した。
小学校時代に「ハートフル学年」と呼ばれていた参加者に、恩師は「心温かく、思いやりにあふれた優しい人たちが集まった学年」と振り返った。「失敗しても軌道修正できるのが20代。希望と自信を持って、いろいろなことに挑戦してほしい」、「人生は選択の連続。自分で決め、自分の道を進み、自分だけの人生をつくってほしい」とエールを送った。
弥彦村を「いつでも温かく迎え入れてくれる素晴らしいホームグラウンド」と表現し、ひとりで悩まず、相談できる人を見つけて困難に立ち向かうよう呼びかけた。
コロナ禍を乗り越えた「適応力と機動力」
中学校時代は新型コロナの影響で、修学旅行の行き先変更をはじめ、体育祭や合唱コンクール、部活動の大会などにさまざまな制限を受けた。
恩師は、そのなかでも仲間と協力し、自分たちで考えて新しい学校行事をつくり上げた学年だったと評価。「適応力と機動力があり、思いを実現する力を持った人たち」と振り返り、「皆さんの力を最も発揮できる場所で活躍してほしい」と語った。
さらに「失敗は誰でもする。大人とは、その失敗を糧にどう成長していくかを考えられる人」と話し、「いつになっても、いくつになっても笑顔を忘れずに頑張って」と呼びかる先生もいた。
恩師の言葉に笑いと涙
恩師が当時の出来事を紹介するたび、参加者から笑いや歓声が上がり、成長した教え子の姿に目をうるませる恩師もいた。
式典後は記念撮影と茶話会が行われ、参加者は旧友や恩師との久しぶりの交流を楽しんだ。
