新潟県新潟市西蒲区在住の現代美術作家、上原木呂(うえはら・きろ)さん(78)の作品を紹介する「開館10周年記念 上原木呂展 妖怪大行進 一万鬼夜行」が、見附市の「ギャラリーみつけ」で始まった。約1万2千匹の妖怪を描いた全長約100メートルの絵巻物から約70メートルを展示。あわせて見附市民俗文化資料館「みつけ伝承館」でも、作品のモチーフとなった民具と妖怪画を組み合わせた特別展示を開催。2館が連携して上原さんの妖怪世界を立体的に見せる。7月に新潟市西蒲区の自宅などを焼いた酒蔵火災で焼失を免れた作品で、「妖怪強し」と上原さん。ギャラリーみつけの会期は9月23日まで、みつけ伝承館の特別展示は来年3月末まで。
ギャラリーみつけに全長約70メートルの「妖怪大行進」
上原さんは1948年、新潟市西蒲区生まれ。東京藝大や美學校で学び、76年にイタリアへ渡って仮面喜劇や身体表現に取り組んだ。帰国後はコラージュや抽象表現主義絵画を制作し、国内外で作品を発表してきた。近年は墨による妖怪画にも力を注いでいる。
ギャラリーみつけの中心作品「一万鬼夜行」は、縦約3メートル、全長約100メートルの絵巻物形式の大作。約1万2千匹の妖怪が登場する。すべてを展示するスペースはないので、今回は見附市の民具や農具をモチーフにした場面を中心に、全体から約70メートルを選び、展示空間に合わせて再構成した。上原さんの妖怪絵巻としては過去最長規模の展示となっている。
なかでも、機織り機や糸巻きなどを描いた見附をテーマとする約18メートルの部分は、一連の絵巻物の中でも最大級。羽釜、薬をすりつぶす薬研(やげん)、下駄など、かつての暮らしを支えた道具が妖怪や長い年月を経て精霊が宿った器物「付喪神(つくもがみ)」となり、にぎやかに行進する。
上原さんは約15年前から、まとまった形で妖怪を描いている。作品には江戸時代の絵師、鳥山石燕(とりやま・せきえん)らが描いた古典的な妖怪を上原さんなりにアレンジしたものや、動物を組み合わせた創作妖怪が登場。敬愛する幕末から明治の絵師、河鍋暁斎(かわなべ・きょうさい)が妖怪を面白がって描いたことにも影響を受けた。
「妖怪はテーマのひとつ。あまり頭で考えずに描けるし、面白い。普通に楽しんで描いている」と上原さん。日本の妖怪を基本にしながらも、アリクイやクラゲ、ウミウシ、人と動物が混じり合った幻獣など、時代や東西の枠にとらわれないイメージを繰り広げている。
暗がりに浮かぶモダンな展示
会場は照明を落とし、スポットライトを受けた巨大な妖怪絵が暗がりに浮かび上がるようにした。妖怪の世界に足を踏み入れて妖怪に包まれたような圧倒的な空間が広がる。
これまでの上原さんの妖怪展では、作品を斜めに掛けたり、周囲を新聞紙で覆ったり、中央にぼろをつるしたりして、おどろおどろしい空間をつくることもあったが、今回は一転。整然と作品を見せる構成となった。
上原さんは「今までになくクールでモダン。パリのショーケースにあってもおかしくないような展示。これからはこの方式がいいと思う」と満足している。
作品には四国産の本楮(ほんこうぞ)100%の丈夫な和紙を使用。墨汁のほか、薄く溶いた胡粉(ごふん)を塗り、しわを付けた紙から模様を写し取る技法も用いる。偶然に生まれたしわや模様から得たイメージを膨らませ、妖怪の細部を描き込んでいく。
みつけ伝承館で妖怪画と実物の民具を対比
これにあわせて、みつけ伝承館では、特別展示「民俗資料の妖怪と付喪神 作家上原木呂さんの眼で見る」を開催している。
上原さんは作品制作に先立ち、同館を3回ほど取材。ふだん公開されていない収蔵庫も見学し、膨大な民俗資料を撮影した。その写真を基に、付喪神を描いた。
特別展示では、上原さんの妖怪画の複製と、そのモチーフになった機織り機や糸巻きなどの民具を対応させて並べる。機織りに関する展示では、糸を巻いた道具も配置。かつてどのように使われたかも伝える。
「付喪神に特化して、これだけ丁寧に一つ一つ絵と現物を組み合わせた展示は、おそらく世界で初めて。本当に大変な労作で、素晴らしい」と上原さん。
同館には大量の資料が収蔵されているが、展示スペースや人員に限りがある。今回の展示に向けて学芸員や職員が資料を整理し、ギャラリーみつけの学芸員と話し合いながら、2館の展示が呼応する構成をつくり上げた。
ギャラリーみつけにも、みつけ伝承館から借りた民具を展示。一方、みつけ伝承館には上原さんの見附を題材にした付喪神の作品を並べ、双方の観覧を促している。
自宅などの火災で過去作品や資料を焼失
上原さんの自宅などがある新潟市西蒲区竹野町で7月19日、かつて家業として経営に携わった酒造会社、越後鶴亀(旧上原酒造)の建物などを焼く火災が発生し、上原さんの自宅も燃えた。
自宅に自身の作品や収集資料を保管していたが、若いころのデッサンや油絵、知人から贈られた作品、葛飾北斎や河鍋暁斎の和本、浮世絵、民俗資料など、なにもかもが灰になった。
「自分の若いころの作品は二度と帰ってこない。北斎や暁斎の和本、浮世絵もあり、金額だけでなく資料的にも大きなダメージだった」と肩を落とす。「紙の作品は燃えやすく、本当に1点も残らなかった」と振り返る。
事前に預けた作品と資料は難を免れ「妖怪強し」
一方、今回展示している妖怪絵巻は、展覧会の準備のため火災前の7月初めにギャラリーみつけへ預けてあり、難を逃れた。会場に展示されている妖怪関係の貴重な和本の一部なども、事前に預けていた資料の中に含まれていた。これが上原さんの残った作品と資料のほぼすべてだ。
上原さんは「この展覧会がこの年になければ燃えていたし、持ってくるのが少し遅ければ間に合わなかった。妖怪強しというか」と語り、「完全な体とメンタルが残ったので、ありがたいことだった」と前を向く。
子どもたちが描いた妖怪も展示
ギャラリーみつけの館内には、市内のすみれこども園や「センス・オブ・ワンダーこどもアートきょうしつ」の子どもたちが、上原さんの作品を見てから描いた妖怪絵80点近くも展示している。
関連イベントとして、8月22日午後1時半から3時までギャラリーみつけで「真夏の妖怪紙芝居」を開く。午後1時開場、定員50人で先着順の事前申し込みが必要。一般は展覧会チケットが必要で、高校生以下は無料。小学生に付き添う保護者は1人まで無料となる。
9月12日午後2時から3時までギャラリートーク「学芸員さんとつくも神のお話」を開く。上原さんは欠席の予定だが、みつけ伝承館とギャラリーみつけの学芸員がポップアートと妖怪をテーマに語り合う。定員50人、先着順で事前申し込みが必要。一般は展覧会チケットが必要で、高校生以下は無料。
