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【燕市議選】妻が見込んだ「明るさと人懐っこさ」 有波保氏が燕市議選に挑戦

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10月18日投開票の燕市議会議員選挙(定数20)に、燕市小中川の建設業、有波保(ありなみ・たもつ)氏(62)が無所属で立候補する意向を固め、1日、記者会見した。長年、建設業を通じて地域の課題に接してきたが、妻のかおるさん(58)の言葉が立候補への大きな後押しに。有波氏は「市民の声を直接、聞いて、ものの言える市議会議員を目指したい」と話している。

有波保氏
有波保氏

有波氏は1964(昭和39)年4月20日生まれ。燕市立小中川小学校、燕市立燕北中学校、新潟県立巻農業高校(今の巻総合高校)造園科を卒業し、学校法人中央工学校土木建設科を卒業した。

家業の有波建設で働き、16年前に廃業後は自営業として長男と2人で土木・コンクリート工事を手がける「アリナミ」を営む。地域消防団では第四分団第二部の部長を経て分団長も務めた。

防災、地域経済、福祉を3本柱に

政策には「命とくらしを守るまちづくり」「地域経済を元気にする」「支え合い安心して暮らせるまちへ」の3本柱を掲げる。

防災・インフラでは、道路や歩道、防護柵の整備、防犯カメラやLED照明の増設、空き家・空き地問題への対応を挙げる。特に建設業者として現場を見てきた経験から、側溝や下水路、道路など生活に直結する課題に取り組みたいとしている。

地域経済では物価高対策、農業や中小企業への支援、担い手不足対策を掲げる。

福祉分野では、介護施設に入所する86歳の母親を通して介護現場を身近に見てきた経験から、介護人材の確保と若手の育成を重視する。

高齢者から「バス停まで歩くこと自体がつらい」と聞くこともあるとして、コミュニティバスなど地域公共交通の充実にも意欲を示す。

幼なじみの石田後援会長(左)と席を並べて記者会見
幼なじみの石田後援会長(左)と席を並べて記者会見

「出れば良かったのに」の妻の言葉がきっかけ

有波氏は以前から、建設業の仕事で市内各地を回る中で、「ここを直してもらえないか」、「工事をお願いしたが、いつになるのか」といった住民の声を聞いてきた。

道路や防護柵、下水路など、生活に身近なインフラの課題に接するたび、「改善できれば暮らしはもっと良くなる」と感じていた。

しかし、自ら選挙に出ようとまでは考えていなかった。議員への挑戦を意識するきっかけになったのは、昨年10月の燕市議補選。かおるさんに『出れば良かったのに』と勧められた。

かおるさんは、夫が誰に対しても自分から元気にあいさつし、初対面の人ともすぐに打ち解ける姿を日常的に見てきた。「私にはまねできない。誰にでも低姿勢で声を掛けられるところはすごいと思っていた」と話す一番の理解者だ。

政治に強い関心があったわけではないが、燕市政について考えるなかで、「この人なら市役所や市政の風通しを少し良くできるのではないか」と夫の可能性を信じる。

「物価高などで、世の中全体にあまり明るい雰囲気がない。せめてこの人の明るさで燕市を少しでも良くしてほしいと思った」と、夫に出馬を勧めた。

有波氏自身も、亡き父、龍吉さんがかつて議員を志したことがあったと言う。ただ、建設業では利益誘導などを疑われることから出馬することはなかったが、妻の言葉によって有波さんの胸の奥にもあった思いが現実味を帯びた。

地元の声も重なり出馬を決断

ことし7月、小中川地区の住民が集まる席で、地元から市議を送り出したいという話が持ち上がった。候補として何人かの名前が挙がる中、有波氏が「それなら自分がやってみよう」と決断した。

有波保氏
有波保氏

後援会は8月に立ち上げ、地元を中心に徒歩で住民宅を回る活動を始めている。9月4日には小中川自治会で推薦について協議する予定。今後は周辺地域にも支援を広げていきたい考えだ。

東京で教員を目指している娘からは、「人にはやし立てられて出るなら応援しない。自分でやるというなら応援する」と言われたという。その言葉に夫妻とも気持ちを引き締め、「自分の意思で挑戦する」という覚悟を改めて確認した。

「ものの言える議員」に

後援会長は、小学校入学前からの幼なじみの同い年の石田裕之氏(62)。今も週に数回、顔を合わせる気心の知れた間柄。「とにかく明るく前向きで、コミュニケーション力が高い。市民との対話ができ、市民の声を市政に届けられる人」と評する。

有波氏自身は「だめなものはだめ、違うものは違うとはっきり言える議員になりたい」と話す。

選挙活動で打ち出す言葉は「熱意と誠意をもって燕市のさらなる発展のために頑張って参ります!!+笑顔」。その「笑顔」が長年、そばで見てきた妻も認める有波氏の持ち味だ。

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