燕市の監督で燕市を舞台に、本県出身の俳優や市民の出演にこだわった燕のご当地映画『アノソラノアオ』を製作する(仮)はばたけ燕実行委員会(委員長・細川哲夫燕商工会議所副会頭)が18日発足、製作発表を行った。5月にクランクインし、来春の公開、さらに国際映画祭への出品も目指す。
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映画『アノソラノアオ』を製作する(仮)はばたけ燕実行委員会の設立総会と製作発表会 |
実行委員会は市内の商工関係団体や社会奉仕団体、まちづくり協議会、JAなど各種団体の48人を委員に構成。午後1時半から燕市吉田産業会館で設立総会を開き、委員が出席して経過説明などを行い、役員を選出、組織や活動計画を決め、映画スタッフや関係者を紹介した。
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燕市燕地区観光協会会長として委員になった山崎燕商工会議所会頭 |
燕市燕地区観光協会会長として委員になった山崎悦次燕商工会議所会頭は、「目標は産業に観光をまぜること」で、映画をつくることによって燕の知名度を上げ、全国にPRし、できれば将来は「海外、近隣のアジアにも宣伝していく」とし、後方支援で頑張りたいと述べた。委員長の細川哲夫同副会頭は、映像化によって燕市の「新たな一面が見えるのではないか」と期待した。
プロデューサーは映画、ネットシネマ、DVDなどの映像作品を企画制作するアイエス・フィールド=東京都渋谷区渋谷3=代表取締役の島田豪さん(38)、監督は国際映像メディア専門学校=新潟市中央区古町通7番町=などで講師を務める燕市吉田地区の出身、在住のナシモト タオさん(43)。2人は数年来の知り合いで、以前からご当地映画のプランをあたためてきた。
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委員長の細川哲夫燕商工会議所副会頭 |
昨年11月、アイエスフィールドから燕市の監督で燕市を舞台に新潟県出身俳優が出演する映画製作したいと、新潟県フィルムコミッション協議会を通じて燕三条フィルムコミッションに打診があった。燕市と燕商工会議所、吉田商工会、分水商工会で協議し、燕市のPR、新市一体化、市民参加を進める事業として映画製作に協力しようと事務局を立ちあげ、この日の設立総会となった。
映画による地域活性化の具体例として、新人発掘オーディションの開催とオーディション合格者の芸能活動支援、映画ロケ地マップとロケ地めぐりツアー、国内外の映画祭での燕製品の物産展といったイベント興行などをあげている。
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左がナシモト監督、右がプロデューサーの島田さん |
プロデューサーの島田さんは長岡市栃尾で撮影された、2009年公開の映画『モノクロームの少女』もプロデュースした。しかし、「本当の意味でのご当地映画ではない」と感じた部分があり、今回はロケ地を借りるだけでなく、全キャスト新潟県出身者を予定しており、主役級、エキストラともオーディションを行う。
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プロデューサーの島田さん |
ナシモト監督も、燕市民から「エキストラという言い方ではなくて、本当に出演者、まちも含めた出演者として出ていただいて、本当に、あー、映画と変わらないものがここにあると、もし映画を見て興味をもってくださった方が、すごくいろんなことを再発見してもらうようなものができたら」と言う。
ナシモト監督は脚本も手掛ける。「そこに住む人たちをふつうに描きたいのが根本」で、「主人公にかかわる仲間とその群像劇を描くの主題」。それを描くことで「今の燕というものを色濃く出して、そこから自分たちがもう一度新しく見詰め、外に対して発信していくものを発見できるのではないか」、「自分たちの新しい喜びや気付きが、かかわっていただける燕の方々と一緒に発見できればいいのではないかという風につくり、シナリオもその方向で」と言う。
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ナシモト監督 |
この作品を考え始めたころは、「スプーンを磨いている父ちゃんが、それがきれいに磨けているかとチェックしているときに、かざして見ていたときに、その先に空があれば、その空の下にはそこでまたほかのことを頑張ろうと思っている息子もいてとかいう発想だったので、地場の産業をふつうの日常としてちゃんと描きたいという気持ちが強く、それは必ずシナリオのなかには入れたい」とナシモト監督。
ナシモト監督の親も近所の工場で働き、家で内職でビニールにスプーンを入れる内職を手伝うのが「当たり前の日常」で、それはナシモトさんにとって、いやな思い出ではなく「豊かなこと」。海外の映画人と話をすると、「燕は非常に通りがいい」。欧州の食事会の席で使われている洋食器が燕のものだと逆に教えられることもあり、地場の洋食器や金物が「自分のなかですごく大きくなっていった」とも。
ことしは燕市で金属洋食器が製造されてちょうど100年の節目に当たるのも作品の追い風になりそうで、100周年記念事業とのコラボレーションも検討していく。現段階でのあらすじと委員構成はは次の通り。敬称略。
| 記憶は鮮明に映し出されるー 幼いころに亡くなった母、映画の撮影現場で起こった事故。 2人の不在を抱える田上陽介(21)は、ただひたらすに何もない日常を消化していた。 そんな陽介の前に、ある日現れた遠野歩(21)。 家族や仲間、周りの人々との交わりの中で葛藤する陽介。 |
| 役職 | 所属 | 役職 | 名前 | |
|---|---|---|---|---|
| 燕商工会議所 | 副会頭 | 中野信男 | ||
| 副委員長 | 燕商工会議所 | 副会頭 | 田野隆央 | |
| 委員長 | 燕商工会議所 | 副会頭 | 細川哲央 | |
| 副委員長 | 吉田商工会 | 副会長 | 美内信孝 | |
| 副委員長 | 分水商工会 | 副会長 | 古沢功 | |
| 燕ライオンズクラプ | 会長 | 細川哲夫 | ||
| 越後吉田ライオンズクラプ | 会長 | 亀倉信行 | ||
| 分水ライオンズクラブ | 会長 | 田中良雄 | ||
| 燕ロータリークラプ | 会長 | 小田島藤吉 | ||
| 吉田ロータリークラプ | 会長 | 深沢利陸 | ||
| 分水ロータリークラプ | 会長 | ハ子英雄 | ||
| 燕商工会議所 | 青年部 | 会長 | 田中良 | |
| 吉田商工会 | 青年部 | 部長 | 河合将勝 | |
| 吉田商工会 | 女性部 | 部長 | 高井英子 | |
| 分水商工会 | 青年部 | 部長 | 渡辺弘ニ | |
| 分水商工会 | 女性部 | 部長 | 和田昌子 | |
| 燕市文化協会 | 会長 | 大山治郎 | ||
| 燕地区自治会 | 会長 | 田辺一郎 | ||
| 分水地区自治会 | 副会長 | 若林輿一 | ||
| 吉田地区まちづくり協議会 | 会長 | 霜鳥和也 | ||
| 吉田北まちづくり協議会 | 会長 | 廣田勝人 | ||
| 燕第一地区まちづくり協議会 | 会長 | 大原大ハ | ||
| 燕西区まちづくり協議会 | 会長 | 宮崎晴雄 | ||
| 燕中央まちづくり協議会 | 会長 | 荒川恭一 | ||
| 燕第二地区まちづくり協議会 | 会長 | 井島正市 | ||
| 分水小学校区まちづくり協議会 | 会長 | 白倉輿志司 | ||
| 分水北区まちづくり協議会 | 会長 | 竹内孝太郎 | ||
| 越後中央農業協同組合 | 燕支店 | 地区担 当理事 |
片岡新呉 | |
| 越後中央農業協同組合 | 吉田支店 | 地区担 当理事 |
星野昭英 | |
| 越後中央農業協同組合 | 分水支店 | 地区担 当理事 |
小林修二 | |
| JA越後中央 | 女性部 燕支部 |
支部長 | 土田和恵 | |
| JA越後中央 | 女性部 吉田支部 |
支部長 | 宮路京子 | |
| JA越後中央 | 女性部 分水支部 |
支部長 | 広瀬フジエ | |
| 西蒲原土地改良区 | 燕支所 | 支所長 | 小林一朗 | |
| 西蒲原土地改良区 | 吉田支所 | 支所長 | 浜田佐登之 | |
| 西蒲原土地改良区 | 分水支所 | 支所長 | 白井文司 | |
| 社団法人燕西蒲法人会 | 会長 | 遠藤雄作 | ||
| 燕市婦人会 | 燕地区 | 会長 | 笠原和子 | |
| 燕市婦人会 | 吉田地区 | 会長 | 石附行子 | |
| 燕市燕地区観光協会 | 会長 | 山崎悦次 | ||
| 燕市分水地区観光協会 | 会長 | 田中公一 | ||
| 社団法人燕三条青年会議所 | 理事長 | 落合孝夫 | ||
| 燕市国際交流協会 | 会長 | 山崎悦次 | ||
| 日本金属洋食器工業組合 | 理事長 | 田中正勝 | ||
| 日本金属ハウスウェアエ業組合 | 理事長 | 柄沢好兄 | ||
| 燕市社会福祉協議会 | 会長 | 青柳芳郎 | ||
| 協同組合つぼめ物流センター | 理事長 | 和平稔夫 | ||
| 燕市ふれあい交流センター運営協議会 | 会長 | 河上功 | ||










