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3月末で退任の燕市・中野副市長が議会で退任あいさつ (2008.3.26)

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燕市の中野邦雄副市長は、健康面などを理由に3月31日付けで退任するのに伴い、燕市議会の3月定例会最終日の25日、議会で退任のあいさつをした。

市議会で退任のあいさつをする燕市の中野副市長

市議会で退任のあいさつをする燕市の中野副市長

すべての議案の採決のあと、中野副市長が発言を求めてあいさつに立った。中野副市長は冒頭、自身の健康管理の不徹底から3月31日の退職を願い出て、小林市長の許可を得た退職の経緯を公の場で初めて発言し、市や議会に迷惑をかけたことをわびた。

9年前に旧燕市の助役に就いたときに座右の銘とし言った、旧下田村の漢学者、諸橋鐵次さんの「行くに小径によらず」をあらためて示し、物事を決めるときには安易な考えで進めれば危険が伴う、大道を歩んで物事に対処することと解釈し、それを旨として職を務めてきたと述べた。

新燕市でも小林市長のもと、いたらない自分が1年9カ月、新燕市の助役、副市長を務めさせてもらったと振り返り、これまでの支援と協力に感謝の言葉を述べた。

副市長室でインタビューに答える中野副市長

副市長室でインタビューに答える中野副市長

仕事に当たるときは心技体一体となって全力で仕事に邁進できたが、昨年末に体調を崩したことなどから、一体となっていないことで迷惑をかけることが一番心配だったとし、健康の不安定から迷惑をかけてはならないと身を引くことを重ねてわびた。

「今後も、議会の皆様には小林姿勢へのいっそうのご支援とご協力をお願いしたい」、「市議会、市政の発展を一市民として見させていただきたい」と今後の発展を願った。最後に市議に向かって一礼すると自然に拍手がわき起こり、星野義則議長は「中野副市長様におかれましては長い間、大変ご苦労さまでした」と労をねぎらった。

中野副市長は昭和18年生まれの65歳。昭和36年に三条実業高等学校卒業、同年燕市役所採用。商工課長、財政課長などを経て、平成11年2月高橋甚一市長のもと旧燕市の助役に就任。平成18年3月旧吉田街、旧分水町との合併により失職。同年7月、小林清市長のもと新燕市の助役として就任、19年4月名称変更で副市長就任。

昨年末に自宅でめまいがして倒れ、ろっ骨を骨折。公務を通常通りに続けながら治療。めまいで倒れたことはなかったことや、その後も体調が優れなかったことなどから、1月に辞職願いを小林市長に提出していた。

議場でのあいさつのあと、副市長室でインタビューに答えた中野副市長は、旧燕市からの助役、副市長として一番思い出されることはの質問に、「いろいろなことがたくさんあるが、ひとつは合併」と振り返り、旧燕市で当初は県央東部を進め、いろいろな課程を経て、吉田、分水との合併を果たした。住民投票、それに伴う市長選挙など「市民の選択だったわけですが、その一連の動きが思い出深い」と話していた。