15日の分水おいらん道中の見物をメーンに燕市が福島県へ戻った被災者の参加を募って14、15日と初めての燕・福島再会交流事業、福島県からの65人をはじめ114人が参加 (2012.4.15)

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東日本大震災で福島県から燕市内へ避難した後、福島県へ戻った被災者から市内のボランティアや今も市内に避難している人と再会し、15日行われる燕市の名物行事、分水おいらん道中を見物してもらおうと燕市は14、15の1泊2日で燕・福島再会交流事業を行い、福島県からの65人をはじめ114人が参加している。

14、15の1泊2日で行われている燕・福島再会交流事業で14日夜に弥彦グランドホテルで開かれた交流会
14、15の1泊2日で行われている燕・福島再会交流事業で14日夜に弥彦グランドホテルで開かれた交流会

燕市は昨年7月末まで避難所を開設し、市内に避難した被災者はピーク時で269人にのぼった。そのほとんどがふるさとへ戻って仮設住宅などで暮らしているが、避難をきっかけに燕市との間に生まれた絆をさらに深めようと、ふるさとに戻った人たちに参加を募って初めて行っている。

今回の事業は一定の期間、燕市内に避難していた144人に案内し、うちいずれも福島県南相馬市の65人が参加した。さらに今も市内避難している16人、ボランティア12人、燕市や市議会、観光協会から21人の計114人が参加している。

急逝した菊地前副市長に対して黙とう
急逝した菊地前副市長に対して黙とう

南相馬市からの65人は観光バスに乗って訪れ、燕市産業史料館、弥彦村で弥彦神社を見学したあと弥彦グランドホテルで交流会。避難所が開設されていた当時は毎日一度は避難所に通ってほとんどの避難者の名前を覚えた鈴木力市長。あいさつで「まずは燕市にお帰りなさい!」と満面の笑顔で、前夜は興奮してなかなか眠れなかったと話した。

分水おいらん道中にサクラは間に合わなかったが、「皆さんの熱気で、花咲かじいさん福島隊が来たという風に思いたい」。次は夏休みにあわせた海水浴を計画していると話し、燕市と南相馬市との絆は「生涯のものとしてもち続けていきたい」と願った。

総勢110人余りが参加
総勢110人余りが参加

燕市に避難していた南相馬市民はあいさつで、マスコミでは被災地が復興しているかのような報道があるが、「原発事故による放射能、セシウム、あるいは賠償問題がなどが解決していません」、「3月11日から時間が止まったままの人もいる」、「燕市を第二のふるさととして避難した皆さまとの絆を深め、燕市との絆を深め、必ず復興して恩返しをしたい」。

さらに「ふるさとはなかなか前途多難でございます。ですが、一歩一歩と力強く、ウシのごとくわずかずつではありますが、進んでおります」。「市の身に余る避難所生活をさせてもらい大変、感謝しております」と燕市に感謝の言葉を繰り返した。

前夜から寝付けないほど楽しみにしてた鈴木市長は笑顔、笑顔
前夜から寝付けないほど楽しみにしてた鈴木市長は笑顔、笑顔

避難所を担当した南相馬市の職員が桜井勝延市長のメッセージを代読。桜井市長は鈴木市長をはじめ燕市に感謝し、南相馬市はことしを復興元年と位置づけ、昨年末に策定した復興計画に基づき、除線や復興計画の具体的実践に市民一丸となって全力をあげて取り組んでおり、「(今も燕市に)避難している南相馬市民が帰還できるまで引き続きご支援、ご協力を」と願った。

大岩勉市議会議長は、鈴木市長と同様に避難所の被災者を気遣った菊地剛前副市長が3月28日に急逝したことを話し、哀悼の意を表したいと出席者全員で黙とうしてから乾杯した。あいさつでは全員に酌をするので席を立たないようにと場を和ませた鈴木市長は、言葉通りに次々と席を回って笑顔が絶えず、ふるさと戻った人たちの近況にふれていた。

燕市の第2避難所のリーダーを務めた吉井功さん(66)も妻と2人で参加した。吉井さんは昨年6月に南相馬市へ戻り、鹿島区の仮設住宅で暮らしている。昨年10月に燕市が行った田んぼアートの稲刈りでも来燕している。

いちばん右が吉井さん、隣りが妻レイ子さん
いちばん右が吉井さん、隣りが妻レイ子さん

震災前は農業を営んでいたが、家のあった南右田集落は約70戸すべてが津波にのみ込まれた。飼っていたウマは一命をとりとめたが、きずだらけで殺さざるを得なかった。辛うじてパワーショベルが残っていた。それを使って今は組合員約600人を数える鹿島区の復興組合でがれき処理の作業を行っている。

集積場に持ち込まれたがれきをパワーショベルで積み上げ、がれきを搬入するスペースを確保するのが仕事。「いろんなことを言う人がいるから、機械も流された方がよかったのかも…」と複雑な心境ものぞかせる。

仮設住宅でも「顔を合わせれば笑顔も見えますけど、そうでないと死んだ墓場。物音ひとつしない」と言う。今回、燕市へ向かうバスに乗るのも、飢えと寒さのなか、バスで燕市へ避難してきた日のことを思い出さないと言えば嘘になる。「みんなそれぞれトラウマがありますね」。

津波に流されずに残っていたパワーショベルで復興組合の組合員としてがれき処理の作業を行う吉井さん
津波に流されずに残っていたパワーショベルで復興組合の組合員としてがれき処理の作業を行う吉井さん

一方で、燕市で世話をしてくれたボランティアが昨年の新潟・福島豪雨で被災したという知らせを受けた。幸い無事だったが、「あのときは、いてもたってもいられなかった」。災いがいつ我が身に降りかかるかは誰にもわからない。

ふるさとへ戻った今も、燕市のボランティアなどからさまざまな支援を受けているという。「いつまでもこうして甘えてていいものかどうか…」とうつむく。仮設住宅を出るにも南相馬市では土地の確保が難しい。「土地があれば燕市に移っても」。さまざまな思いや考えが頭のなかをめぐっているが、ともかくもこの2日間は燕を楽しんで過ごす。

翌15日は寺泊の魚のアメ横へ行ったあと分水おいらん道中を見物。燕三条地場産業振興センターにも寄って帰る。


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