東京ヤクルトスワローズは2日、本拠地神宮球場での最終戦で阪神に勝ち、2001年以来14年ぶりのセントラル・リーグ優勝を飾った。10年から“燕”つながりでコラボレーション事業を進める燕市は、市役所でこのリーグ優勝をかけた試合のパブリックビューイングを行い、集まったスワローズファンなど約70人は歓喜にわいた。
会場は議場の生中継を映すためのテレビが設置された市役所4階スカイラウンジ。市内のスポーツ少年団の野球チームの小学生やその保護者、新潟市秋葉区を拠点とするファンクラブ「スワローズ新潟支燕会」(指田宣明会長)の会員15人や地元のファン、仕事を終わった市職員などが訪れ、時間を追うにつれて増えていった。
来場者には緑色のユニホーム型の「TOKYO燕パワーユニフォーム」をプレゼントし、それを着て一丸となって応援。ヤクルトの攻撃になるたびに支燕会の音頭で球場のファンが行うのと同様に選手の名前をコールしたり、応援歌や替え歌を歌ったりして約230キロ離れた神宮球場に向けて声援を送った。
ヤクルトは1回表に幸先良く1点をあげて先制したが、その後は安打も少なく、1-0のままじりじりとした試合展開が続いた。7回裏のヤクルトの攻撃前にはお決まりの傘を差して「東京音頭」を大合唱。終盤は阪神の攻撃でストライクのカウントが増えるだけで大きな拍手がわき、ヒートアップしていった。
しかし応援もむなしく8回表に阪神が2死から3連続単打で1点をあげて1-1の同点に追いつき、重苦しい雰囲気に。9回を終わって延長に入り、息詰まる接戦が続いた。
先にリーグ2位の巨人がDeNAに勝ち、ヤクルトは勝つか引き分けでないと優勝が決まらない。翌3日と4日の残り試合はいずれも対戦チームのホームでの試合で、そうなると権利の関係でパブリックビューイングは不可能。燕市としては何としてもこの試合で優勝をと願った。
その願いが通じたのか、延長11回裏に雄平が右翼前適時打を放ち、サヨナラ勝ちを決めた。直前ので代打、田中浩康がヒット性のライナーを放ちながら好捕されてぬか喜びしただけに、打球が右翼前に落ちるのをじっくり確認して一呼吸おいてから歓喜の声が爆発。9回に配っておいたクラッカーを鳴らし、走ったり、飛び跳ねたり、ハイタッチしたりと我を忘れて全身で喜びを表現した。
くす玉を割ると「祝 東京ヤクルトスワローズ リーグ優勝おめでとう」とある垂れ幕が下がり、来場者全員にヤクルトの栄養ドリンク「タフマン」を配布し、南波瑞夫副市長の音頭で乾杯。支燕会からは「いいぞ、いいぞ、燕市!」、「ありがと、ありがと、燕市!」のコールが上がった。
パブリックビューイングの応援を最も引っ張ったのは、新潟市東区に住む会社員渡辺和馬さん(35)。小学校2年のときからヤクルトファン。ヤクルトが14年前にリーグ優勝したときに使っていたメガホンを使って応援したが、優勝を見届けたかのようにこの日の応援で壊れてしまった。
渡辺さんは「終生、語り継がれるメンバーが優勝できないとは思っていなかった。きょうは最高」と声を弾ませた。マジック1で迎えた9月29日の試合は優勝をその目で見ようと会社を休んで神宮球場へ足を運んだが、ヤクルトが負けてお預けに。「いつか目の前でヤクルトの優勝を見るのが夢」と話していた。
加茂市に住む菅家絵梨さん(27)は、30年近くヤクルトファンと言う三条市に住む彼氏と応援に訪れた。彼氏に感化され、2、3年前からヤクルトファンになった。デートで何度も神宮球場へ通い、ヤクルトを応援している。
ヤクルト好きが高じてそれまで勤めていた会社を辞め、ヤクルトの協賛企業である燕市のツインバード工業に転職した。結婚したら燕市に住むことに決めている。今ではすっかり筋金入りのファン。ヤクルトとのコラボが思いがけず燕市への移住に結びつく。
「ヤクルトは弱いけど、それだけ勝つとうれしい。こんなに早く優勝を見られるとは思いもしなかった。それにパブリックビューイングがこんなに盛り上がるなんて」と興奮冷めやらないようすだった。
鈴木力市長はこの日、神宮球場へ出向いてヤクルト優勝を目の当たりにし、ヤクルト優勝のコメントを発表した。コメントは次の通り。
東京ヤクルトスワローズ優勝の燕市長コメント
リーグ優勝おめでとうございます。
ヤクルトスワローズの交流が始まって5年目、初めての快挙に興奮しています。
スワローズライスファームが無事開催された日にマジックが1となり、この日を心待ちにしていました。
マジック1になってから優勝するまでに時間がかかっただけに、その分、喜びもひとしおです。
真中監督のもと、投打にバランスのとれた素晴らしいチーム。
クライマックスシリーズでの勝利を期待し、燕市民とともに精一杯応援いたします。