「背脂ラーメン」発祥の杭州飯店 味の秘密に迫る【燕・弥彦 ぐるっと探訪】 (2018.1.29)

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燕・弥彦ぐるっと探訪新潟五大ラーメンのひとつ「背脂(せあぶら)ラーメン」発祥の地、「杭州飯店」(徐直幸店主・燕市西燕)。前身の「福来亭」は昭和8年(1933)に開業した老舗だ。煮干しだしのしょうゆラーメンで、まるでうどんのような自家製の太麺(めん)に、トッピングはチャーシューとメンマに特徴的なタマネギ。スープが見えなくなるほどたっぷりと浮かぶ背脂は、全国各地の有名ラーメンのなかにあってもひときわ異彩を放つ。しかしそのインパクトゆえか、それ以上はあまり掘り下げられることのないディープな味の秘密について直撃した。

県外からもラーメンファンを集める杭州飯店の「背脂ラーメン」
県外からもラーメンファンを集める杭州飯店の「背脂ラーメン」

“杭州飯店の歴史は中国から仙台、新潟へ”

簡単に杭州飯店の歴史をおさらいする。店主の徐直幸さん(46)は三代目で、初代はその祖父にあたる昌星さん。父で二代目の勝二さん(72)も今も元気に店に立つ。初代は中国出身で1930年ころに出稼ぎで来日した。中国出身の先輩をたずねて修行し、仙台から屋台を引いて流れ流れて新潟へ。昭和8年(1933)、燕駅に近い穀町で間借りして福来亭を開業した。

昭和52年(1977)に福来亭を残したまま杭州飯店を開いた。地場産業の残業の夕飯などで出前に大忙しだったが、町工場が工場団地への移転が進んで出前の需要が減少。同時に今度はラーメンブームで全国から客が集まるようになって出前はやめ、今では週末になると駐車場は県外ナンバーの車であふれる。

杭州飯店の店内
杭州飯店の店内

肉屋で捨てられるラードに目をつけ、背脂を入れて甘みを加えるアイデアを生み出した。いくつかの理由で麺はだんだん太くなり、長ネギが高騰したときに代用したタマネギが好評だったことからタマネギのトッピングが定着した。ここまでは良く知られているが、さらにその奥へと踏み込んで話を聞いた。

“太めん、かん水、小麦粉にこだわる理由”

初めて杭州飯店の背脂ラーメンにチャレンジする人が、スープに浮かぶ背脂の次に驚くのは、まるでうどんのような尋常でない麺の太さだ。コシとうま味があり、もちもちした食感は一度、食べたら忘れられない。初代が作る麺はふつうの太さだった。二代目の勝二さんが麺を太くした理由を説明するには、勝二さんの経歴を知る必要がある。勝二さんは初代の父に理系の大学へ進むよう強く言われた。超のつく英才教育で中学から上京し、一橋中学校、郁文館高校へ進んだ。

杭州飯店の背脂ラーメンはうどんのような太麺
杭州飯店の背脂ラーメンはうどんのような太麺

県外の大学の歯学部の一次試験に合格したが、料理人としては大切な「鼻の良さ」が裏目に出た。「自分の口臭でも気になるのに、人の口臭が我慢できなかった」と進学を断念した。しかし、一次試験合格は初代の父には内緒で受験に失敗したと報告してUターンしたエピソードもある。実家へ戻ると地元の青木モータースに就職。昼休みは店の配達を手伝って昼飯もそこそこに会社へ戻るという多忙な毎日だったが、2、3年で会社をやめて店に入った。

学生時代に勝二さんが得意だったのが化学。その知識をラーメンの改良に生かし、麺を作る小麦粉、それに加えられる「かん水(すい)」などを工夫した。

研究して改良を重ねた自家製麺
研究して改良を重ねた自家製麺

初代は経営者的な感覚だったと勝二さんは言う。初代はたくさんの客に対応するため、速くゆであがるように麺の太さは今の半分くらいのふつうの中華麺だった。速くゆで上がればガス代も浮く。「複雑なことはしていない。バランスなんです」と言う。

“連立方程式を解くように理想のラーメンを追求”

「お客さんにおしいものを食べてもらいたいという一念」と勝二さん。麺そのものをうまくしたい、ゆであがり時間を短縮したい、出前に耐えるのびにくい麺にしたいという、技術的には相反するような課題に取り組み、勝二さんは理想とするラーメンを連立方程式を解くように考えた。

二代目勝二さんと妻の富子さん
二代目勝二さんと妻の富子さん

かん水を減らせばゆであがりが速くなるが、コシが弱くなる。それなら太めんにすればいい。麺の加水率を一定以上にするとそれ以上に水を吸わなくなるので、さらにゆであがりが短縮され、麺がのびにくくなる。製粉所も変えて小麦粉そのものも研究し、さまざまなバランスを考えた結果、今の麺にたどり着いた。

おかげで初代と対立した。初代に言わせると勝二さんのラーメンは「脂っぽくてしつこい」だったが、勝二さんは決してゆずらなあった。「勝手に変えてくわけでしょ。親父が来て怒る、怒る。お前のラーメンは時間がかかってお客さん待たせるっけだめらって」、「かん水の使い方、今までやってたのは使い道を間違えてんじゃないかと親父とよっぱらけんかして3回くらい、ウチを出ましたよ」と勝二さんは頭をかく。

勝二さんはゆずらなかった。「食えばオレの方が圧倒的にうまいんだから、さわらんでくれと」。自分の麺を店で出し始めたころは客からも、うどんを頼んじゃない、麺がのびているという声があったが「みんな見た目で判断するんですよ。食べて見ればわかる」と意に介さなかったし、客の舌も信じた。

初代を納得させて勝二さんが目指すラーメンを作り上げてきた。味を第一に考えた勝二さんの思いは、ラーメンブームにのって大きく花開いた。今になってみれば、勝二さんが途中で折れていれば今の杭州飯店の人気はなかっただろうし、杭州飯店発の太麺はラーメン文化全体にも影響を与えた

“初代がこだわった煮干し”

こだわりは煮干しだしのスープにもある。初代はラーメンに煮干し出しが使われていなかった当時、誰の真似をするでもなく自分で煮干しだしを使おうと考えた。昔の豚肉は残飯を飼料にしていたせいか、今の豚肉よりにおいがあった。「豚肉と豚のゲンコツだけでは臭いと思ったんじゃないですか。煮干しはいいだしがでるので、豚と一緒に使おうとなったと思う」と勝二さんは想像する。

煮干しでだしをとったスープ
煮干しでだしをとったスープ

煮干しについては妻の富子さん(72)が初代とのやりとりを良く覚えている。煮干しはいつも初代の妻、富子さんのしゅうとめとふたりで問屋で買い付けてきた。買って帰るたびに初代にしかられた。「臭いが違うとか、腹が割れてるとか。女二人で行ったって、目先の欲でろくなもん買ってこねって。なんべん行っても、これじゃね、これじゃねって、じいちゃんに言われて」と富子さんは思いだす。たまりかねて「じいちゃん連れてきて好きなもん買わせよって。それから2、3回、じいちゃんを連れてったら問屋さんがたまげてたけど、それからじいちゃんは何も言わなくなった」と作戦は大成功だった。

初代が 「コマーシャルにかける金があったら、その分を材料に使ってお客さんを喜ばせた方がいい」といった言葉は今も金言のように守る。

こうした改良を続けてきたが、言葉通りにやったからといって杭州飯店の味が出せるわけではない。勝二さんは言う。「食べ物には全部、バランスがあるんだよと。何種類も材料を使ってやるんだから、おのおのの材料のバランスを考えてやるのがいちばんうまい。それを覚えるためには最低10年だよって言ったら、あ、じゃあ、やめた、うちのせがれをお前んちに預けようと思ったけどって。オレもいらね、いらね。2、3年でできると思ってもらっちゃだめ、だめ」。

三代目の徐直幸さんも店に入って25年ほどになる。「ふつうのことをふつうにやって、お客さんがおいしいと言ってくれて。それだけ。もう90周年が見えてきたので、100年企業を目指していきたい」と話した。

杭州飯店
住所/〒959-1200 新潟県燕市燕49-4
電話/0256-64-3770
営業/11時〜14時30分、17時〜20時

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