17日にハードオフエコスタジアム新潟(新潟市中央区)で行われた第45回高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会の準決勝で、長曽根ストロングス(大阪)に4-5でサヨナラ負けした新潟県代表の三条市・旭スポーツ少年団(高畑哲也監督)。長曽根は翌18日の決勝で伊勢田ファイターズ(京都)に勝って4年ぶり8回目の優勝を飾った。その強豪を相手に勝利目前に迫った旭の活躍は大健闘だった。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | ||
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旭スポーツ少年団 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 |
長曽根ストロングス | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 3x | 5 |
初回、旭はここまで投打に活躍した小柳有生選手(西鱈田小6年)がエンタイトルで2死から出塁。小柳有生選手は投手の牽制球で2・3塁間ではさまれながらタッチをかいくぐって帰塁したことで、結果的にこれが先制点につながる。続く今井咲太郎選手(大崎学園6年)が中堅越えの三塁打を放って小柳有生選手が本塁を踏んだ。
さらに先発投手の吉田結晴選手(井栗小6年)が一塁へヘッドスライディングして内野安打をもぎとり、今井咲太郎選手が生還して2点目。藤田七音選手(西鱈田小6年)が左前打で続き走者一・二塁としたあと、藤田侑汰選手(一ノ木戸小5年)の打席で1塁への牽制球が逸れて吉田結晴選手が生還してこの回、3点を上げた。
その裏の長曽根の攻撃は先頭打者が二遊間を破って出塁し、続く打者はエンタイトルで無死二・三塁。小柳有生選手が一塁への強襲打を飛びついて捕球する好プレーでがあり、さらに二飛、中飛でこの回、無失点で切り抜けた。
2回の旭は3人とも内野ゴロで三者凡退だったがその裏、長曽根は1死一・三塁から中飛で三塁走者がタッチアップして1点を返し、3-1となった。
3回、4回と両チーム無得点が続いた。6回、旭は先頭の藤田七音選手が左翼線に二塁打を放って無死二塁の好機を迎えたが、得点につなげることができなかった。
その裏、長曽根は左前打で無死一塁から遊ゴロで1死2塁。左翼越えのエンタイトルで1点を上げて1点差とした。なおも1死二塁で高畑監督がマウンドへ向かったが、長曽根の勢いは止まらず、四球で1死一・二塁のあと、右中間を破る長打で2点を加え、旭はサヨナラ負けした。
敗れた瞬間にグラウンドで泣き崩れる選手もいた。長曽根ははるか格上のチームだったとはいえ、勝利まであと一歩、決勝に手が届きそうなところに迫っていただけに、悔しい敗戦となった。試合のあとすぐに表彰式が行われ、賞状や3位のペナント、メダルなどが贈られた。
旭の応援団が陣取る三塁側のスタンドでは、300人ほどが観戦し、声援を送った。少年野球チームの加茂市の加茂ジュニア、石川ビクトリーズ、新発田市のクラブイーストの選手は団体で来場し、応援に加わった。
高畑監督は「最終的には底力を最後に見せつけられた」と、長曽根ストロングスをたたえた。「1点、そして1点で最終回に逆転という形だったが、6回表に1点取れる場面で取れなかった。あれが最終的にこの結果に結びついた」と振り返った。
ここまで継投から見事な投球を続けてきた小柳有生選手が、「小柳君がここまでとらえられたのはそうはないと思う。それが相手の力だと思う」。
選手にかける言葉を問われるとしばらく声を詰まらせ、「ここまで連れてきてもらったことにありがとうしかない」としぼり出すように話した。
「地元新潟開催ということで、三条市内のチームであり、となりまちの加茂のチームからもたくさん応援に来ていただいた。その力が考えてみれば、あの3点だったのかな思っている。暑いなか感謝を申しあげたい」と述べた。
塚田主将は「6回表にチャンスをつくったけど、そこで点を取りきれなかった」と悔やんだが、初回の3得点は「有生選手が出てくれたので、ベンチの雰囲気も良くなって3点取れた」。長曽根は「最後にみんなヒットをたくさんつないできたので、すごく強かった」と振り返った。
この大会での県勢のベスト4まで進んでおり、準決勝に勝てば県勢初の決勝進出だっただけに「新潟県の最高記録に行けなかったので、来年は今の5年生たちが頑張ってほしい」と夢を託した。
さらに「やりきって練習したので後悔はない」、将来は「甲子園に出て活躍したい」ときっぱりと答えた。
小柳有生選手は、最後は「カットで1塁走者をアウトにしたかった」と悔しさをにじませた。投球では緩急を織り交ぜた。大会を通じて「もう少し球を速くしたり、打ちにくいボールを考えたりしたい」、「置きにいったら四球になり、全力でいったら合わされて、最後スローボールとかでいったら打たれた」と課題も多かったが、「いい大会だった」と話していた。