新潟県燕市の「地域の人事部@燕」(山後春信代表)は9日、燕三条地場産業振興センター・リサーチコアで未来の人材採用・獲得セミナー「ツールベルト世代の創出〜若手現場技術者の獲得チャンス到来か!?〜」を開いた。講師はコクヨ(株)の社内専門研究機関「ワークスタイル研究所」の山下正太郎所長。現場仕事を支える技能職が若者に選ばれにくい現状を踏まえつつ、「若者はブルーカラーを嫌っているわけではない。企業側の制度設計と情報発信の不足が壁になっている」と指摘して雇用側が抱くマイナスイメージの払拭を求めた。

燕三条地域から経営者ら約100人が聴講した。冒頭、主催者の山後代表は、「ツールベルト世代」という言葉をことし6月にネットで見つけ、現場を預かる立場として「勇気と覚悟を試される話だ」と感じ、その研究者のコクヨワークスタイル研究所の山下祥太郎所長に講師を依頼した経緯を話した。
山下氏は、工具を腰に下げる工具などを携帯するための「ツールベルト」から、欧米で技能職が若者文化の重要なキーワードに浮上していると説明。これまでは「大学を出てオフィスで働くことが最もステータス」が常識だったが、AIの進化やホワイトカラーの雇用不安、身体性を伴う仕事への再評価などで価値観が揺らいでいる。
アメリカで技能職が選ばれる背景として山下氏は、主に5つをあげた。1.学費の高騰と学生ローン負担の増大、2.景気変動に強い雇用の安定性、3市場価格に連動した高収入、4.成果が目に見える誇りと手応え、5.スキル重視の労働市場の台頭。電気工や配管工などが高収入職として注目される実例も示し、「大学で借金を背負うより、早く手に職をつけた方が合理的という現実主義がある」と述べた。
海外事例では、ドイツの「デュアルシステム」を紹介。企業での実務訓練(週3〜4日)と職業学校での学び(週1〜2日)を並行し、修了後に国家資格で技能を証明できる仕組み。アメリカでは市場が後押しし、給与レンジなど情報の透明性が高い点が選択のしやすさにつながっているとした。

日本では「人手不足は確実だが、若い世代に支持されていない」と指摘。仕事そのものが嫌われているのではなく、産業イメージ、キャリアパスの不透明さ、技能にふれる入り口の狭さが障壁だと整理した。とくに年功序列で技能と賃金が連動しにくいことは、フェアさを重視するZ世代には厳しいと述べた。
Z世代の価値観について山下氏は「やりがいより安定、次にワークライフバランス、そして専門性」と分析。ミレニアル世代が自己実現を重視したのに対し、Z世代は地に足がついた現実志向が強い。
また、若者はSNSで「働き手の生の声」にふれて職業観を形成するため、企業の発信が届くチャンネルを選べているかが重要。国内例として、建設会社がTikTokで日常を発信し応募増につなげた事例や、女性の活躍を可視化する「溶接女子会」などを挙げた。
一方で「ゆるい職場」も支持されにくいという新たな課題にも言及した。ハラスメント回避などで職場が過度に迎合し、成長機会が乏しいと若者が不安を抱いて転職する「不安型転職」が増えている。
成長の見通しを示すことが必要。学びを促す制度の充実や上司、経営者が若手とキャリアについて創造的な対話をできるかが、自律的な学びを生む鍵になるという。

また、ブルーカラー像の変化として、遠隔から現場オペレーションに関わる「スカイブルーカラー」、脱炭素分野の「グリーンカラー」など新しい職種概念も提示。AIが仕事の処理・出力を自動化するほど、人間には価値判断や哲学が問われる。今後の働き方は「指示の質」と「何を良いとするか」に軸が移ると展望した。
最後に山下氏は、日本でツールベルト世代を育てるための要点として、技能に触れる機会の拡大、安心・安定のある職場づくり、賃金とキャリアパスの透明化、現場の魅力の可視化と発信、職人のステータス向上を挙げた。
「若者は準備ができている。応えられる制度と提供が不足しているだけだ」と述べ、続くパネルディスカッションで地域としての挑戦を議論したいと呼びかけた。
パネルディスカッションはパネリストに県央地域の企業関係者らが登壇し、「地方から現場革命」をテーマに、人材不足が深刻化する中での採用や人材育成、地域としての打ち手をめぐって意見を交わした。
建設業と製造・工具販売の経営者が現場の実情を語り、若い世代に仕事の価値をどう伝えるか、業界横断の連携をどう進めるかが主な論点となった。

パネリストは山下氏と燕市で建設会社を経営し、燕市建設業協同組合の理事長を務める丸山光博氏、三条・燕・柏崎を商圏に金型メーカーを中心とした工具販売を手がけ、県央工業高校同窓会長も務める松縄嘉彦氏が加わり、山後氏がコーディネーターを務めた。
丸山氏は組合の活動として、燕市の除雪委託契約や災害時協定、空き家対策、下水道関連イベントへの協力などを挙げ、「合併とともに立ち上げた組合が来年で20年。33社で地域の基盤を支えている」と紹介した。
人材不足の現状について丸山氏は「少子化で人材不足が加速度的に進むのは明白」だが、建設業は人口減少でも需要がなくならない分野と指摘。新設工事は減っても道路、橋、下水道などインフラの維持修繕は不可欠で、「陥没など老朽化の影響は生活や経済活動に直結する。人手は不足するが、業種として先細りではない」と明るい見通しを示した。
松縄氏は教育側の視点から、県内の職業高校の進路データを示した。ことし春の卒業生567人のうち就職が211人で37.2%にとどまったと紹介。「大学や専門学校で学んだスキルを生かして地元に戻ってくれればいいが、離れたまま帰ってこないのが現状」と語り、学校教育と地域産業の実態に乖離があるとの問題意識を示した。
講師の山下氏は「若者の進路選択に影響するのは“かっこいいおとなに出会ったか”が大きい」と述べ、仕事の魅力の言語化と発信の必要性を強調した。

現場にいる当事者ほど日常に溶け込み、どこが魅力なのか気づきにくく、火花が散る溶接や現場の音、整理整頓の美しさなど「外から見ると魅力になる瞬間は必ずある」という視点を示した。
丸山氏は、真冬の夜中に電話でたたき起こされて除雪に向かう姿などは「きつさが伝わり嫌われるのでは」と見せないようにしてきたと明かしたのに対し、山下氏は「それこそ出さないのが不思議」とまったく逆の評価を提示し、リアルな行動と言葉を結びつけて伝える重要性を説いた。
また、企業側の姿勢として「楽しそうに仕事を語るおとな」を見せることが鍵だとの話題も上がった。山後氏は大学生インターンが「楽しく仕事を話すおとなを初めて見た」と語った例を紹介する一方、家庭でもおとなの仕事が「しんどい」と映りがちな現状にふれた。松縄氏は「いつも怒っている顔をしていると妻や社員に言われる」と苦笑しつつ、若手に任せ「ケツ持ちは自分がする」と約束した。
地域としての打ち手では、丸山氏が「業界内で仕事のマッチングを回し、広域的に無駄なく対応できる仕組み」を構想として提示。繁閑の差を吸収し、活力あるおとなの姿を継続的に見せることで発信力を高め、「近隣同士で取り合うのではなく、地域のチームとして他地域と競争する必要がある」と述べた。
山後氏は、マッチングの場が広がれば技能や貢献を評価する表彰・資格の仕組みを地域独自に整える可能性にも言及した。

統合が検討される県央工業高校と三条商業高校の将来像についての話しにもなった。松縄氏は、県教委から同窓会に「1+1が2でなく3にも4にもなる学校に」と説明があった経緯を紹介しつつ、最先端技術偏重への懸念を表明。「5年後、10年後に陳腐化する恐れもある。基礎となる高校カリキュラムを大事にし、手を動かしてものを作る、ものづくりの一丁目一番地はしっかりやってほしい」と訴えた。
地域には金型メーカーなど最先端の現場があり、デュアルシステムや出前授業、三条市立大学との連携など「打つべき手は多い」とも述べた。
締めくくりで山後氏は、地域で「自律的な学び」をどう生み出すかが成長のかぎになると指摘。「学びはニーズを見つけた時に吸収が進む。地域の課題を真ん中に置き、立場ごとに何ができるか考える問いを設計することが全体をドライブする」と述べ、参加者に「いい問いを出してほしい」と呼びかけた。