新潟県三条市の果樹産地、大島地区の国道8号に果物のロードサイドショップが並ぶ通称「フルーツ通り」沿いで長年、親しまれてきたジェラート店「田沢農園」(三条市代官島1252)が、新たな担い手を得て再スタートを切った。前オーナーの急逝でいったん閉店したが、農業と加工販売に長く携わってきた中野貴史さん(40)=三条市=の男性が店を引き継いで4月1日、営業を再開した。スタッフやレシピ、店の持ち味もできるだけそのまま受け継ぎ、今後は県央地域で採れる果物や自ら育てる農産物も生かし、地域色のある店としてさらに磨きをかけていく。

店を引き継いだ中野さんは三条市西大崎に住み、下田地区に加工所を構えて農業と加工品づくりに取り組む。田沢農園との直接の付き合いは深くなかったが、知人の紹介でことし2月ごろに話がもちあがり、急展開で事業承継の方向に動き出した。
田沢農園は長年、地元で人気を集めてきたジェラート店だったが、前オーナーが亡くなったことで状況が一変した。店は1月ごろにいったん閉店。従業員の雇用も先行きが見えない状態になった。
中野さんは「いつかは自分の店をもちたいという思いはあった」。突然、めぐってきた話に悩みながらも、「今の自分だからこそ挑戦できるのではないか」と決断した。
店は前経営者の家族から建物を借りる形で運営している。前オーナーの遺族の理解を得ながら、店舗そのものを生かし、営業を続ける。店名も当面は「田沢農園」のまま。これまで積み上げてきた知名度やブランドを大切にしながら中野さんの色を出していく。
スタッフもそのまま引き継いだ。これまで正社員3人にアルバイト4人ほどが働いており、現在もその体制を引き継いで営業している。

製造現場では、以前から田沢農園でジェラートづくりにかかわってきたスタッフから教わりながら、ジェラート作りの経験のない中野さんも製造に入っている。おかげで突然の代替わりなのに味や現場の流れが大きな変化はない。
ジェラートのレシピも受け継いだ。店内には常時10種類ほどが並び、フルーツ系は季節によって入れ替わる。キャラメル、チョコ、抹茶などの定番に加え、バスクチーズケーキ系など人気商品もそろう。
単にジェラートを盛りつけるだけでなく、スポンジや果肉、クリームなどを重ねて仕上げる商品もあり、手間を惜しまない。
例えば半分、ジェラートを入れた上に焼いたスポンジをはさみ、さらに別のジェラートを重ねるといった具合に、層をつくって味わいを組み立てるものもある。見た目にも華やかで、食べ進めるごとに違った風味を楽しめる。
さらにクリームや果実などのトッピングにも工夫する。一般的なジェラート店とは違う“ひと手間”が田沢農園のジェラートの魅力。ジェラートというよりはスイーツに近く、パフェやデザートのような満足感も味わえる進化形ジェラートだ。
価格はシングル450円、ダブル600円、トリプル800円。店内ではソフトドリンクやコシヒカリバーガーも用意している。

前オーナー時代の看板商品は、自家栽培の梨を使ったジェラートだった。無農薬の梨を使った商品は店の代名詞。新体制ではそこに新たな感覚を加えていく。
「ここは燕三条の果物が集まるエリア。地元の果物をここで味わってもらえる店にしたい」と中野さん。県央の農家とのつながりを生かした商品づくりを進めようと考えている。
すでにイチゴやスイカ、レモンなど、地域の農家から仕入れた果物を使う構想がある。時期に応じて素材を変え、地元ならではの味を打ち出していく。
単に材料を仕入れるだけでなく、「この農家の果物を使っている」と紹介しながら販売することで、農家と消費者をつなぐ役割も果たしたいと言う。
中野さんの歩みもこの店と相性がいい。18歳のころは自動車部品メーカーに勤め、群馬県に1年間、出張したときに雪の少ない土地で農業が活発に行われているようすを見て、「農業で食べていきたい」と考えるようになった。しかし当時は米価が低く、米づくりだけでは難しかった。

そこで目をつけたのが、農産物に加工や販売の付加価値をつける「6次産業化」だった。「作るだけでなく、加工して売るところまでやれば農業で勝負できる」と中野さんは確信した。
そのためもあって「道の駅 漢学の里しただ」で働いた。レストランや直売、加工、ソフトクリームやジェラートの販売など、現場の実務を15年以上かけて学んだ。
一方で農業も始めた。下田地区で畑を借り、特産のサツマイモを栽培。収穫したサツマイモを使って大学いも、さつまいもチップス、干し芋などの加工品づくりにも取り組んだ。
3年前には個人事業主となり、本格的に独立。さらに2年ほど前からはキッチンカー営業も始め、自分で育てたジャガイモを使ったフライドポテトのほか、シャインマスカットやモモのパフェ、ホットドッグ、おにぎりなど、その時々のイベントに合わせた商品を販売してきた。

柔軟に商品を変えられるのがキッチンカーの強みで、現場で売れ筋をつかむ感覚も養ってきた。
順調に事業を前進させてきた矢先の昨年6月、自損事故でキッチンカーが廃車になるアクシデントに見舞われた。出店の柱を失い、その後は農業を中心に活動していた。
そんな手詰まりを感じるなかで舞い込んだのが、今回の継承話だった。中野さんは「自分で一から店を出すとなると、場所も設備も人も全部そろえなければならない。でもここは8号線沿いの立地で、レシピもあり、経験のあるスタッフもいる。これまで動いていた店を引き継げるのは本当にありがたかった」と振り返る。
「動いていた仕組み」を引き継ぐ形でのスタート。レシピはそろい、製造を知るスタッフも残り、店としての知名度もある。中野さんにとっては、これまで道の駅や農業現場で蓄えてきた経験を独自の店づくりに結びつけるまたとないチャンスだ。
営業時間は午前10時半から午後5時までで、土、日曜は午後6時までに延ばす予定。定休日は当面、設けず、まずは夏に向けて走りながら手応えを探る。

冬場はジェラートだけでは集客が弱いので、自身が得意とする焼きいもなど温かい商品を取り入れ、通年で集客できる形を模索する。
すでに自らの加工品は、「道の駅たがみ」や「道の駅パティオにいがた」にも卸している。そうした販路を生かしながら、将来的には店のジェラートや加工品の販路を外に広げ、店頭販売にとどまらない展開も探っていく。
ただ、今は大風呂敷を広げるつもりはない。「まずは1年、今の状態でしっかり回してみたい」。店の土台を固めることが最優先。足場を固めながら冬場対策や新商品の開発、地元農家との連携強化など、少しずつ店の個性を育てていく。
「道の駅で学んだことをここで応用したい。6次産業化は自分の夢だった。自分の農業と加工の経験を、ここで形にしていきたい」。そう話す中野さんは、40歳の節目で思いがけず自分の店をもつ夢がかなった。
突然の閉店で消えかけた地域の人気店のあかりが、新たな担い手の手で再びともされた。味も、人も、場所も受け継いだ再出発。その先に、県央の果物や農業の魅力を発信する新たな拠点としての成長が期待される。