2004年の「平成16年7月新潟・福島豪雨」で7.13水害に見舞われ、9人が犠牲になった新潟県三条市は、それから21年となった13日、五十嵐川の堤防決壊地点に建設された五十嵐川水害復興記念公園(諏訪1)に献花台を設置して市民から献花してもらった。
毎年、献花式を行ってきた。20年の節目だった昨年は。それに加えて市内全域で破堤時刻にサイレンを鳴らし、献花式、写真パネルと映像の展示も行って犠牲者を追悼し、災害に強いまちづくりを誓った。
昨年で一区切りとして、ことしは献花式をやめ、献花台を設けて市民から献花してもらっている。写真パネルも形を変えて展示。ただ、滝沢亮市長と市議3人と市民5人が破堤時刻の午後1時15分にあわせて五十嵐川水害復興記念公園を訪れ、「慰霊之碑」に向かって黙とうのあと献花した、
滝沢市長は「あらためて三条市を災害から強いまちにしていかなければならない。市民が安心安全に暮らせるまちにしていきたいと決意した」と気を引き締め、「当然、災害は平日の昼間に起こる可能性もあり、そうすると多くの人が会社に勤められている時間帯になるので、市民や企業と一緒に自助、共助の部分というのの力も上げていかなければならない」と述べた。
少し遅れて訪れた菊田真紀子衆院議員は「2カ月ぐらいは被災地をずっと駆け回ってたので、記憶があまりはっきり残ってないぐらい非常に衝撃ショックを受けた」と振り返った。当時は小泉淳一郎首相がすぐに現地入り、激甚災害に指定されたことを思い出し、「与党野党関係なく水害の復旧復興のためにすべての皆さんが力を貸してくれた」。
また、地震を想定した被災者生活再建支援法を水害にもあわせて制度改正を成し遂げたと話した。「何年に1回という水害や災害が頻繁に起きており、内水面のことも含めて油断せず、常に訓練を重ねていくのが非常に大事。国会でも災害に強いまちづくり、事前の防災、減災を国家を挙げて、予算も含めてしっかり取り組んでいきたい」と述べた。