5月10日に新潟県三条市の繁華街「本寺小路」で10棟が被災する火災が発生。もらい火で個人経営の老舗クリーニング店「白洋舍(はくようしゃ)」が全焼した。白洋舎の三代目、五十嵐大輔さん(51)は廃業を視野に入れながらも、再開を求める周囲の期待や励ましの声に背中を押されて再建を決断。「この火事を乗り越えたら何かが変わる」と信じて再建を進め、いよいよ10月15日(水)に本格的に営業を再開する。
火事の知らせを受けたのは、未明の午前1時50分ごろ。本寺小路の飲食店で働くママから「隣で火が出ている」と電話があった。慌てて家を出て駆けつけると、煙が出ているだけだった。
ぼやていどの情報にほっとしたのもつかの間、「みるみる煙がひどくなって、そのうち火が出て、あーっていう感じ」。
とくにこたえたのは、火事の1カ月前に約500万円を投じて設置したばかりの水洗い機とドライクリーニング機の焼失。建物も機械も火に飲み込まれていくのを見ているしかなかった。
白洋舎は五十嵐さんの祖父が戦中に創業してから約80年。当時、クリーニング店は珍しく、白洋舎から枝分かれして三条にクリーニング店が増えていった。三条のクリーニング店の先駆けであり、発祥の地でもある。
五十嵐さんは東京の大学を卒業すると建築関係の仕事に就き、長男の小学校入学を機に三条に戻った。二代目の父、寿一(としかず)さん(81)は自分の代で店をたたもうとも考えていたが、それはもったいないいと五十嵐さんが継いだ。
火事からしばらくは、顧客に預かっていた衣類の謝罪や説明に追われ、落ち込んでいる暇も先のことを考える余裕もなかった。1カ月ほどたって落ち着いてから、ようやく今後を考えるようになった。
仕事は五十嵐さんと両親、パート1人の4人で回してきた。「廃業しても50歳で再就職は難しい。おやじには、復興はすごい労力がかかるからよく考えた方がいいと言われた」。
周囲の反応は違った。「顧客にあいさつに回っていると、また絶対、再開してね、待ってるからねっていう声が本当に多くて。機械や設備の業者の人も、なんとか協力するから頑張ってみないかと。じゃあ、ちょっと頑張ってみようか」と再建を決断した。
今の法律では、ドライクリーニング機が危険物に当たるため、住宅地や商業地域では営業できない。あまり遠くない場所で空き工場を探し、新光町の剪定(せんてい)ばさみを製造していた工場を見つけた。資金繰りが厳しく、当面は賃貸で借り、いずれは買い取るつもりだ。
焼け跡に残った使える機械は、仕上げた服をビニールで包む包装機2台だけ。これだけ移設し、それ以外は業者に中古を探してもらった。しかし、ボイラー、乾燥機、水タンクは中古が手配できず、新品を購入した。すると業者が協力するという言葉通り、新品を買ってくれたらからと、中古の水洗い機を無料で提供してくれた。
ドライクリーニング機は、まだ用意できていない。導入できるまでは、知り合いにドライクリーニング機を貸してもらって対応する。9月半ばからプレオープンのような形で、一部の得意先の仕事だけ受けている。
火事から5カ月後の本格オープンになる。「オープンに向けて、まだまだやることはいっぱいある。機械が入った瞬間に、ここまで来たんだなという思いになった。それと同時に、これでまた仕事ができるという思いでいっぱいになった」と顔をほころばせる。
教えられ、気づかされたこともある。「火事に遭う人生はそうそうない。かみさんと、この火事から復興したら、なんか自分が変わるよね、変われるよねって、話してきた。かみさんから勇気づけられ、話し相手になってくれ、盛り上げてくれたのが本当にありがたい」とてらいなく感謝する。
「これで復興したらいろいろなことができそうな気持ちにもなる。反面、みんなの力を借りて復興できたことに、感謝、恩返ししていかなければと思う。何か社会に貢献するようなことができればい」とそれまでなかった意識が芽生えた。
火事を節目に五十嵐さんが店の代表になり、名実ともに代替わりした。「今度は自分の責任でやらなければという気持ちになった。ステージが変わるような、よく言えばいい節目になった」、「これがいい機会、チャンスにもなったと思う。今まで後を継いでだらだらやってきたという気持ちも多少あったけど、今度はそういうわけにもいかない」。
再建に向けていろいろなことを自分で決めた。顧客も売り上げも百パーセントには戻ると思わない。「それを取り返していくためにいろんなこと、違うことにも取り組んでいかなければ。この機械がそろったようすを見て、よし、やるぞっていう感じになっている」。
火事の前よりも仕事に精力的に、意欲的になり、夫婦で話したように、仕事に向かう意識は明らかに変わった。
長男が勤め先を辞めて家業を継ごうかと言ってくれたこともうれしかった。「その気持ちだけでありがたく、給料が出せるようになったら来てくれと」。
父の寿一さんは「お客さんに大変、迷惑かけたんでね。少しでも早く恩返しできるがいいかなと思って。まあでもこうやってね、後継いでくれてよかった」と目を細めた。
新しい白洋舎の住所は「新光町26-27-3」。電話は「0256-33-2087」だが、まだ開通していない。問い合わせは直接、五十嵐さんの携帯「090-5550-3945」へ。