新潟県立吉田病院附属看護専門学校(中村厚夫学校長・燕市吉田大保町)の閉校式典が6日、燕三条ワシントンホテルで開かれ、同校の58年の長きにわたる歴史に幕を下ろした。1965年(昭和40)の開校以来、准看護学院時代を含めて地域医療を支える看護人材を育て続け、卒業生総数は1926人に。会場には来賓や教職員、同窓生ら約200人が参集し、半世紀を超えて受け継がれてきた学び舎の歩みを振り返り、感謝と惜別の思いを共有した。

式典では、花角英世知事の式辞を福祉保健部・中村洋心部長が代読。県央医療圏で人口10万人当たりの看護職員数が県内で最も少ない状況にふれ、「本校を卒業された1900名余りの方々が保健、医療、介護などさまざまな分野で活躍し、住民に寄り添い、命や健康を支えてきた」と功績をたたえた。

同校は1965年に新潟県立吉田病院附属准看護学院として開校。昭和43年に高等看護学院として認可され、77年に現在の校名に改称した。
以後、県央地域をはじめ県内各地に多くの看護師を送り出し、地域医療の現場を支えてきた。2023年を最後に学生募集を中止し、今月3日に第57期生6人が卒業。31日で閉校となる。


新潟県病院事業管理者の金井健一氏は、「昭和40年の開校以来、長きにわたり約2000人の優れた看護師を輩出するなど、多くの実績を積み上げてきた」とあいさつした。
「閉校にあたり、寂しさは感じるが、吉田の地で勉学に励み、友と過ごしたひとときは卒業生にとって生涯、忘れられない思い出になっているはず」。そのうえで医療と介護、ケアマネジャーなど多職種連携が重要になる地域医療の今後を見据え、「本校の卒業生が地域医療の未来をけん引する主体になってほしい」と期待を寄せた。

来賓あいさつで佐野大輔燕市長は、「長きにわたり地域住民に安心で質の高い医療と看護を提供するうえで重要な礎を築いてこられた」と述べ、歴代教職員の指導と卒業生の献身を高く評価した。
一方で、医療の高度化や専門化を背景に准看護師養成校が減少してきた流れにもふれ、「歴史ある本校が閉校となることは地域社会に大きな変化をもたらす」としながらも、「その役割を十分に果たし、大きな使命を遂げた」と学校の歩みに敬意を表した。
さらに建て替え工事が進む県立吉田病院にも言及し、「卒業生、教職員の歩みが地域医療の礎を築いてきたことが末永く誇りとして受け継がれるよう願う」と述べた。

新潟県看護協会の池田良美会長は、同校が准看護師から看護師への進学コースとして多くの人材を育ててきたことを振り返り、「職能団体にとっても誇りであり、心強い存在だった」と強調。「この学校と病院は長年にわたり、この街の大きなシンボルだった」と語り、自身も吉田病院で勤務した経験にふれ、ここで育まれた心と技は卒業生一人ひとりの中で今後も生き続けると述べた。

同窓会の渡邊百合子会長は、7期生で50年前に卒業した。「県内の進学コース校は本校が最後。閉校はとても残念だが、1926名の卒業生を社会に送り出し、十分に役割を果たしたと誇りに思う」と語った。
式典には3期生から56期生まで123人が出席し、県外から駆け付けた卒業生もいたと紹介し、「閉校は残念だという声と、この学校で学べたことへの感謝の言葉がたくさん届いた」と話した。

中村学校長は謝辞で、3日に第57期生の卒業式を行い、「6人の卒業生も国家試験は皆、合格できそう」と報告。これまでの卒業生の進路は病院だけでなく介護、福祉、教育分野にも広がり、「看護部長や市長、副市長など優秀な人材も多く、誇りに思う」と胸を張った。
最後に「吉田看護学校はまもなく閉校となるが、卒業生や関係者が思い出を語り継ぎ、皆の心の中で永遠に残り続けることを願う」と締めくくった。

式典の最後は校歌斉唱。出席者が起立して声を合わせた。閉式後は同窓会主催の閉校記念パーティーの準備に移り、再会を喜ぶ卒業生もいて笑顔があふれた。
半世紀以上にわたり地域医療を下支えしてきた歴史の幕を閉じるが、ここで学んだ看護の心は、県央の各現場でこれからも生き続けていく。