新潟県燕市は31日、本年度末で退任・退職する職員らの退任式を行い、長年にわたって市政運営を支えてきた職員の労をねぎらった。佐野大輔市長は一人ひとりに言葉を送り、「ここが終わりではなく、新たなスタート。燕市を離れても、これからも応援してほしい」と感謝を伝えた。

定年延長の影響もあり、退職した職員は、杉本俊哉企画財政部長(60)だけ。ほかは割愛の教職員や県職員、地域活性化アドバイザーなど計7人で、昨年の23人の3分の1以下と少なかった。
式では佐野市長から退職、退任の辞令を手渡して握手。勤続38年の杉本さんには感謝状を贈った。
佐野市長はあいさつで、「本当は快く明るく送りたいが、皆さんがいなくなるのは本当に寂しい」と複雑な心境を語り、「ここが終わりではなく新たなスタート。燕市を離れても、これからも応援してほしい」と感謝を伝えた。

退職者を代表して杉本さんがあいさつした。杉本さんは1988年に分水町役場に奉職し、昭和、平成、令和の3時代にわたり公務に携わってきた歩みを振り返った。
印象に残る出来事として、2004年の中越地震、7.13水害、そして2年前の能登半島地震でごみ焼却場の煙突が傾いたときの対応などを挙げながらも、「いちばん印象深いのはやはり平成の大合併」と述べた。

当時、分水町企画調整課の係長だった杉本さんは、旧燕市、吉田町、分水町による合併協議の最前線に立った。各市町の制度の違いをすり合わせるために数多くの部会や分科会が設けられ、職員数の少ない分水町では一人で複数の会議を掛け持ちすることも珍しくなかった。
杉本さんも担当者名簿に最も多く名前が載っていたひとりだった。「合併の協議についていくのに必死だった」。電算統合も担い、合併直前には燕市や吉田町の職員の応援も受けて深夜まで作業した。20年前の3月20日の合併を「不安と安堵が入り混じる中で迎えた」と述懐した。
やりがいを感じた仕事は、新庁舎開庁に合わせて導入したデマンド交通「おでかけきららん号」の立ち上げ。旧三市町ごとに走っていた福祉巡回バスを見直し、予約制の新しい交通システムへ移行する大仕事だった。
県内先進地への視察を重ね、市内すべてのタクシー会社と交渉し、社会福祉協議会に予約センター業務を引き受けてもらうなど、関係機関との調整を重ねた。さらに自治会長や民生委員らの協力を得て市内各地で何度も説明会を開き、利用方法の周知に奔走した。
その結果、初年度から旧福祉巡回バスを大きく上回る利用があり、「今でも多くの市民に使っていただいている事業の立ち上げに携われたことにやりがいを感じた」と話した。

もうひとつの大きな仕事として挙げたのが燕市のご当地かるた「つばめっ子かるた」の制作だった。合併後の市民の心をひとつにする新しい文化をつくるというミッションのもと、若手職員主体のプロジェクトチームで進めた事業で、杉本さんはリーダーを務めた。
鈴木力前市長から課せられた「ミッションインポシブル」な難しいミッションにご当地かるたというアイデアをまとめた。読み札を公募し、絵本作家の黒井健さんに協力を依頼するなど苦労を重ねて完成にこぎ着けた。
先の合併20周年式典で園児たちが読み札を暗唱する姿を見たときには、心の中で「ミッションコンプリート」と叫んだと笑いを交えて振り返った。
仕えた歴代の小林清市長と鈴木力市長、さらに2012年に急逝した元分水町職員だった菊地剛副市長の薫陶に感謝した。
とくに思いを込めて話したのが、2年前に急きょ退職した前企画財政部長の春木直幸さんの存在だった。本来なら企画財政部長の席には春木さんがいるはずだったが、その離脱によって予定になかった自身が代理のような形で重責を担うことになったと述べた。

財政を担当した経験がなく、自らを「能力もなく力不足」としながらも、最後の2年は「春木ならこの役をどう果たすか」を常に頭に描きながら職務に当たってきたと明かした。
春木さんが退職したあとも酒を酌み交わす機会があった。春木さんは議会のインターネット中継を見ていて、「あそこはこう言うべきだった」「あれはちょっと違う」といった感想や助言をもらうこともあった。
杉本さんにとって春木さんは、分水町時代から苦楽をともにしてきた同い年の同期で同志。厳しい局面に立つたびに思い浮かべる存在でもあった。
昨年暮れに春木さんが亡くなってからは、その言葉を直接、聞くことはかなわなくなったが、議会答弁では用意した答弁書を読み上げながら何度も春木さんの顔が浮かんだ。
この一節は、杉本さんの長い職員人生を支えてきた春木さんとの深い信頼関係と喪失感を表れ、杉本さんは声を詰まらせた。

長く勤務を続けることができたのは厳しくも温かい上司や同僚に恵まれたおかげだと感謝。歴代市長や副市長から多くの薫陶を受けたことは「仕事人生における最大の幸福であり、一生の財産」で、職場でともに歩んだ仲間たちにも感謝した。
そのうえで、「地方自治体を取り巻く状況は決して楽観できないが、燕市には磨けば光るポテンシャルがまだまだある」ときっぱり。職員同士が手を携え、職員と市民がともに力を合わせれば、「燕市の未来は明るく輝くに違いない」と後輩職員にエールを送った。
式の最後には花束が贈られ、退職者は大勢の職員の拍手に送られて退場した。長年にわたり市政を支えてきた職員の節目を、市役所全体で見送った。