19日投開票の任期満了に伴う三条市議選に向け、新人の目黒博氏(70)=三竹2=が立候補の準備を進めている。三条市総合計画協議会の公募委員として市政にかかわるなかで、議会や行政のやり取りに疑問を抱くようになり、「今までの思いをぶつけてみようと思った」と出馬を決めた。無投票への危機感も決断を後押しした、「自分がやめれば無投票になると思ったときに、出るしかないと思った」と意欲を示す。

目黒氏は旧栄町北潟出身。大面小、大面中(今の栄中)を経て県立長岡工業高校機械科を卒業した。その後、三条機械製作所に就職し、20〜30代は部署最初のNC機械を操作しながらプログラム作成にも従事。40〜50代は営業部門で活躍し、部署売り上げ、利益ともナンバーワンを達成した。
20代のころ、両親や家族とともに三条市三竹に移り住んだ。現在は妻、母との3人暮らし。仕事を退いたあとは家庭菜園にも親しみ、退職後は仕事に就いていない。
一方で新潟県ウォーキング協会のウォーキングリーダーを務め、防災ウォーキングの運営や歩行スタッフとしても活動、障子張り、包丁研ぎ、庭木の剪定(せんてい)、自動車整備、溶接作業、井戸掘りなどにいそしみ、趣味や特技は多岐にわたり「マルチな愛好家」と自称する。
行政との接点が強まったのは、1年半ほど前に三条市総合計画協議会の公募委員になってから。会議では毎回発言してきた。そこで感じたのが、市役所や議会のやり取りへの違和感だった。
議会だよりや新聞記事を読み、そのやり取りにもふれるなかで、「聞いて答えて、ああそうですか、で終わってしまう場面がある。もっと答えられる聞き方や、違うアプローチがあるんじゃないかと思った」。
総合計画協議会の場でも納得できる説明がある一方で、「目標設定も“ん?”と思うことがある」と感じた。市民の立場、民間企業の立場から見たときに、行政や議会の発想がかみ合っていないという思いが積み重なっていった。
目黒氏が一貫して口にするのは、「民間企業のような考え方をしてもらいたい」という言葉。市役所も議員も含め、「だめなら次を考えるのが普通だ」とし、結果や効果を見ながら次の手を打つ姿勢が必要だと言う。
市議も「何をやるかだけでなく、どうやるかまでないと伝わらない」と指摘し、抽象的なスローガンではなく、具体的な施策や手法を示すことが大事と考える。
公約には少子化対策と子育て支援、高齢者支援、議員定数削減、道路インフラの整備。できるだけ具体的な手法を含めて施策を示す。街宣でも「いちばんわかりやすい形で選挙公約を訴えたい」と話す。
政治活動に直接、かかわったこともない。特定候補の応援や後援会活動の経験もないが、政治には興味があった。総合計画協議会への参加をきっかけに、長年抱いていた疑問が具体的な行動に変わっていった。
最終的に腹を決めたのは、3月の立候補予定者説明会だった。目黒氏は「出席が定員を一人オーバーしていて、自分がやめれば無投票になる。そこで百パーセント決まった。無投票はだめだと思った」。以前から「もしそういう選挙があったら考えてみようかな」という思っていた。実際に無投票の可能性を前にして決断した。
選挙準備は、ほぼ自力で進めてきた。事前審査の書類作成、ポスターやビラの手配も全部、自分で準備した。後援会組織のような大きな後ろ盾はない。
それでも、地元の人や中学時代の同級生、元同僚らが支援に回る。ポスター張りや名刺配りなどを手伝ってくれることになった。
目指す議員像はないが、「疑問に思ったことをそのままにせず、ぶつけていきたい」と語る。議会や市役所に対して、なれ合いではなく、民間感覚をもって問い直していくような存在を意識し、しがらみに流されないという姿勢だ。
無投票を避けたいという思いから一歩踏み出した70歳の新人候補。長年、民間企業で働いた経験と、市政への疑問を選挙戦で訴えていく。