世界的な人気を博した米女優、マリリン・モンロー(1926-62)は、ことしで生誕100年。生きていれば6月1日にちょうど100歳になる。それを記念した「マリリン・モンロー生誕100年記念 写真集・書籍コレクション展」が30日(土)、31日(日)の2日間、燕市中央公民館(新潟県燕市水道町1)で開かれる。半世紀にわたりマリリン・モンローを追い続けた燕市出身の青木栄二さん(66)が長年、集めてきた関連の写真集や書籍を公開。「人間としての魅力を感じてもらえれば」とモンローへの思いを地元燕で形にする。
青木さんがひとりで立ち上げ、運営しているファンクラブ「マリリン・モンロー・ファンクラブ・ジャパン」が主催。ひとりの地元ファンが半世紀にわたって追い続けてきたマリリン・モンローへの思いを、地元燕で形にする展示会だ。
中学3年で読んだ1冊が出発点
青木さんは燕市に生まれ育ち、都内の大学へ進学し、都内で私立大学事務局勤務などを経て帰郷。新潟市内の専門学校で法律系科目を教えてきた。
65歳で定年退職してからも、新潟市内の社会保険労務士法人で働きながら、社労士として研さんを続けている。
マリリン・モンローとの出会いは中学3年のころ。片岡義男訳のマリリン・モンローの評伝『嘆きのヴィーナス』を読んだのがきっかけだった。
それまでは映画のなかの魅力的な女性という印象だった。しかし評伝を読んで、幼少期の不遇、モデルから女優へ進んだ歩み、成功をつかむまでの人生に引き込まれた。
「最初は魅力的な女性として入る。でも知れば知るほど、性別を超えた“人間モンロー”になっていく。どのファンもみんなそうだと思う」と青木さんは話す。
「コレクターというより研究家」
今回展示するのは、青木さんが所蔵するモンロー関連の写真集や評伝、関連書籍など。所蔵する関連本は60冊を超え、そのうち約40冊を会場に並べ、自由に手に取って閲覧してもらう。
高校時代から国内で出版された本や映画雑誌の特集記事を集め、インターネットの普及後は海外の資料や洋書、海外ファンとの交流も広がった。海外ファンとSNSでつながり、モンローの足跡をたどる情報も集めてきた。
ただ、青木さんは「自分はコレクターというより研究家」と自認する。モンローがどう生き、なぜ今も世界中で語られるのかを追い続けてきた。
今回も写真そのものを大きく掲示する写真展ではない。著作権の関係もあり、青木さん個人の蔵書を並べ、来場者が手に取って読むことができる展示にした。販売などの営業は行わない。
ロサンゼルスの追悼式典にも参加
2017年8月5日、米ロサンゼルスで毎年行われているマリリン・モンローの追悼式典にも参加した。モンローが眠る墓地を訪ね、現地のファンクラブ関係者とも交流した。
日本人の個人ファンとして現地式典に足を運んだ経験は、青木さんにとって大きな節目になった。国内では、モンローが新婚旅行で訪れた静岡県伊東市の川奈ホテルなど、ゆかりの地にも足を運んできた。
「モンローのファンは、写真が撮られた場所まで訪ねていく。世界中から聖地巡礼する人がいる」。自身も、そうしたファンのひとりとして、資料を読み、現地を訪ね、発信を続けてきた。
生誕100年を地元燕で
モンローは1926年6月1日生まれ。2026年に生誕100年を迎える。青木さんは東京などで大規模な記念イベントが開かれるのではないかと期待していたが、国内では目立った動きが少ないという。
「生誕100年だし、何か自分でもしたい。地元でやりたかった」と今回の開催を決めた。会場を燕市中央公民館にしたのも、追い続けてきたモンロー研究を、まずは自分の地元で見てもらいたいという思いからだ。
「映画の中のモンローだけでなく、モデルとして出発したモンローも見てほしい。お色気だけではない、ひとりの女性、人間としての魅力を感じてもらえれば」と話す。
36歳で亡くなったモンローは、死後の時間の方がはるかに長くなった。それでも世界中で語られ続け、写真集や評伝が出版され、今も新しいファンを生んでいる。
青木さんは「こんなに忘れられず、今も語られ続けている女優はなかなかいない。生誕100年を機に、残されたレガシーを通してその魅力を振り返りたい」と来場を呼びかけている。
30日は午前10時から午後6時まで、31日は午後5時まで。入場無料。
