新潟県警燕署は20日、性的な画像の拡散をほのめかして脅迫した疑いで、神奈川県横須賀市の無職の男(25)を逮捕した。
発表では、男は9月11日午後5時20分ごろ、Aさんにショートメールを送り、性的な画像を不特定多数に拡散することをほのめかし、Aさんの名誉に害を加える旨を告知して脅迫した疑い。
さらに翌12日午後7時ごろにもショートメールを送り、暴力団関係者の威力を暗に示してAさんを怖がらせ、Aさんやその親族の生命、身体などに危害を加えると告知して脅迫した。
新潟県警燕署は20日、性的な画像の拡散をほのめかして脅迫した疑いで、神奈川県横須賀市の無職の男(25)を逮捕した。
発表では、男は9月11日午後5時20分ごろ、Aさんにショートメールを送り、性的な画像を不特定多数に拡散することをほのめかし、Aさんの名誉に害を加える旨を告知して脅迫した疑い。
さらに翌12日午後7時ごろにもショートメールを送り、暴力団関係者の威力を暗に示してAさんを怖がらせ、Aさんやその親族の生命、身体などに危害を加えると告知して脅迫した。

シルバーウイーク5連休初日19日の新潟県三条市は、最高気温30.3度の真夏日となる厳しい残暑だった。
前日18日も30.9度まで気温が上がり、2日連続の真夏日だった。明け方の最低気温は19.5度。
くもりがちだったが正午前後を中心に青空が広がり、正午すぎを中心に北寄りの風が強まった。
「道の駅SORAIRO国上」では、シルバーウイークの19日から23日まで5日間限定で、建物裏手の足湯テラス「酒呑童子の湯」でアヒル足湯を行っている。
おなじみの黄色いアヒルのおもちゃを浮かべたもので、その数なんと1500羽。湯の流れでしだいに下流側にかたまってしまうが、足湯を埋め尽くすように浮かぶアヒルは圧巻。思わず写真を撮る人も多い。
20日の新潟の予報は雨のち曇りで予想最高気温は27度。

新潟県三条市の三条凧(いか)協会(須藤謙一会長)が主催する「三条凧合戦 秋季大会」が19日、三条市上須頃のミズベリング三条(三条防災ステーション)で開幕した。秋季大会では過去最多となる27組が参加。午後になると強い風が吹き始め、何枚もの大凧が一斉に空へ舞い上がって盛んに空中戦を繰り広げた。大会は20日まで。
三条凧合戦は350年以上の歴史を持つ伝統行事。春の本大会に対し、秋季大会は若手や新人の育成を大きな目的として毎年開かれている。
19日は午前8時半から開会式を行い、午前9時開戦。午後から会場を吹き抜ける風が強まり、各組の凧が次々と舞い上がり、十数枚が一斉に揚がることもあった。
秋空にたくさんの三条六角巻凧が揺れ、揚げ師たちは風を読みながら糸を操って相手の凧へ接近。揚げ糸を絡ませて相手の糸を切ろうと走る三条凧合戦ならではの空中戦があちらこちらで展開された。
ことしの秋季大会には過去最多の27組が参加し、初めて団体戦を導入した。参加組を抽選で「白虎」「朱雀」「青龍」「玄武」の4チームに分け、各組の成績を残しながらチームとしても勝敗を競っている。
団体戦は、組の垣根を越えた技術交流をさらに進めようと企画した。互いに技術やノウハウを教え合いながら次世代の揚げ師を育てる狙いがある。
大会2日目の20日は、午前8時半から子ども凧合戦「SANJO IKAGASSEN NEXT」の参加者を受け付け、9時から開会式と組分け抽選会、9時半から合戦開始となる。
「IKAGASSEN NEXT」は、おおむね10歳から15歳までの小中学生を対象にした次世代揚げ師育成の取り組み。昨年初めて開催し、ことしは競技を昨年の2回戦から4回戦に倍増してより本格的な合戦を目指す。
大人の合戦で使う30枚張りや50枚張りより一回り小さい20枚張り(2.7×2.1メートル)の凧を使い、大人の揚げ師が各組をサポートする。午後0時半から表彰式と閉会式を行う。
午後2時からは本番の合戦を再開。19日と合わせて計10回戦を行い、午後3時50分から閉会式と表彰式を行う。会場では20日も「凧マルシェ」を開き、飲食や雑貨などの店が並ぶ。

新潟県燕市宮町の戸隠神社秋季祭礼に合わせ、19日夜、宮町商店街で初の「つばめまちなかビアガーデン」が開かれた。ここ数日は夜になると肌寒さも感じる日が続いていたが、この日は残暑がぶり返し、夜になっても蒸し暑さが残る絶好のビアガーデン日和。屋外席にはほどよい数の来場者が集まり、料理やビールを片手に、秋祭りの宵を商店街でゆったりと楽しんだ。
主催は宮町商店街を中心に活動する任意団体「つばめまんなか商店街」。これまで本祭の日に開いてきた「えんにちひろば」に加え、ことし初めて宵宮の19日に夜のイベントを企画した。
代表でフリーカメラマンの歸山芳文さん(40)がえんにちひろばを、メンバーで「Bar Healer(バー・ヒーラー)」店主の平原健太さん(37)がビアガーデンを担当した。2人とも仕事の拠点は宮町商店街だ。
戸隠神社の秋季祭礼に露店が出なくなり、歸山さんたちが「商店街でできることをちょっとやろう」と、キッチンカーを呼んだり、遊びのブースを設けたりして2023年にえんにちひろばの原型がスタートした。
ビアガーデンは今回が初めて。平原さんが飲食店を巡るイベントを考えていた。それに歸山さんが宵宮に合わせた開催を提案し、えんにちひろばの前夜祭として開くことにし、2日間のイベントになった。
19日のビアガーデンは、商店街の飲食店などがテイクアウトメニューを用意し、「美しい時間」前や宮町シェアオフィス前などに設けられた屋外席へ持ち寄って味わうスタイル。店内で飲食する人、通りを歩きながら店をのぞく人もいて、普段の夜と違った宮町の表情が広がった。
人出は混み過ぎることも寂し過ぎることもなく、初開催の催しとしてはちょうどいいにぎわい。夜になっても湿った空気が残り、冷たい飲み物がよく似合った。
会場では宮町を中心に活動する「つばめアイリッシュ」の演奏も。フィドルやアコーディオンの音色が通りに響き、屋外席で酒や料理を楽しむ人たちの姿と重なって、ヨーロッパの街角を思わせる風景になった。
今回のビアガーデンは、参加店で買った料理を屋外で楽しんでもらうだけでなく、これまで入ったことのなかった店を知ってもらい、その後の来店につなげることも狙い。宵宮の夜に新たな楽しみを加える試みとなった。
戸隠神社では午後7時から宵宮祭が行われた。境内にはポッポ焼きの夜店1店だけが出店していた。歸山さんは「夜店がなくてもこんなに大勢の人が来てくれることがわかった」と喜び、手応えを感じていた。
翌20日(日)は午前10時から午後4時まで、戸隠神社境内と宮町商店街で恒例の「えんにちひろば」が開かれる。
「たのしいひろば」には7団体・店舗が参加し、射的、的当て、コーンホール、モルック、ミニボウリングなどを用意する。糸鋸やモールドールのワークショップ、古本絵本の販売、つばめベースでのゲートボールも楽しめる。
県央地域の若手農業者らでつくる「どろんこ塾」は、農産物販売や宝探し収穫ゲームを実施。秋祭りらしく、農業や収穫に触れられる企画も盛り込む。
「おいしいひろば」には阿部商店、キッチンカー多聞、気まぐれnono、旅する居酒屋ヤヘドン、CHINAMI、chou chou* Crepes、モグモグlaboratoryのキッチンカー7台が並び、唐揚げやクレープなどを販売する。
戸隠神社では20日午前11時から例大祭、午後2時から江戸神輿渡御、午後3時から町内子供みこしを予定する。
20日は午前9時から午後5時まで、宮町から仲町の一部区間で交通規制を行う。特設駐車場は会場から徒歩約5分の燕庁舎(旧水道局)第二駐車場。

新潟県燕市の「スワローズ・ライスファーム稲刈り」が19日、燕市役所南側の水田で行われた。活動停止から復活したプロ野球・東京ヤクルトスワローズの球団マスコット「つば九郎」が2024年の稲刈り以来2年ぶりに燕市を訪れ、スワローズ前監督の高津臣吾さんも5月の田植えに続いて参加。市内、県内の市外、県外から集まった59人が黄金色に実った稲を刈り、見学者を含め約400人でにぎわった。
稲刈り体験には燕市内から16人、県内の市外から8人、県外から35人の計59人が参加した。つば九郎や高津さんを一目見ようと集まったギャラリーも多く、会場となった市役所周辺には約400人が詰めかけた。
スワローズ・ライスファームは、燕市とスワローズが続ける交流事業のひとつ。春に田植え、秋に稲刈りを行い、収穫した米をスワローズの選手に届けてチームを「応燕」する。
オープニングでは、高津さんのほか、スワローズ公式ダンスチーム「Passion」のキャプテンRUNAさんと、新潟県出身のYUDUKIさん、つば九郎が登場。会場から大きな拍手を受けた。
高津さんは、5月の田植えについて「来る時はちょっと足取りが重かったんですけど、来てみたらめちゃくちゃ楽しくて」と振り返り、その後、稲刈りへの参加を誘われたという。
「結構忙しい時期だったんですけど、スケジュールを調整して楽しみにやってきました。せっかくなら植えた苗をしっかり刈りたい」と話し、参加者とともに田んぼへ。春に自ら植えた稲が実った田んぼで鎌を手にし、稲刈りを楽しんだ。
つば九郎の燕市訪問は、2024年9月のスワローズ・ライスファーム稲刈り以来2年ぶり。活動停止を経て復活したつば九郎の登場を待ちわびたファンも多く、スワローズグッズで身を固めた姿を見せると会場が沸いた。
登場時には客席とは反対方向を向くなど、つば九郎らしい振る舞いで笑いを誘った。稲刈りでは参加者を応援し、Passionとともに会場を盛り上げた。
PassionのYUDUKIさんは「地元の新潟県民Passionとして来られてすごくうれしい」とあいさつ。スワローズと燕市をイメージして描いた絵を佐野燕市長にプレゼントした。
参加者は鎌を手に、実った稲を一株ずつ刈り取った。スワローズのゲストと一緒に秋の実りを楽しみながら、収穫を通じて燕市と球団との交流を深めた。
このあと、じゃんけん大会、Passionのダンスショー、高津さんらによるトークショーなども行われた。また、市役所庁舎内には今季限りの引退を発表した石川雅規投手のコーナーを設け、石川投手のサイン色紙やサインボールなどを展示した。
21日午前10時50分ごろ、新潟県加茂市下高柳付近の国道290号で、クマ1頭が道路を横断するのを通行中の運転手が目撃。県警加茂署と加茂市は、付近住民に注意を呼びかけている。
加茂署によると、目撃されたクマは体長約1メートル。国道北側の林から道路を横切り、南側の林へ走り去ったという。目撃場所が住宅地であることから、加茂署と加茂市役所は周辺住民に注意を呼びかける広報活動と警戒活動を行っている。

新潟県三条市の真宗大谷派「三条別院」では、9月24日(木)から26日(土)までの3日間、秋彼岸会を営み、連日、朝の人生講座と法要を行う。25日には地元「カンテツ」のおかわり自由の精進カレーも用意する。
朝の人生講座は「私にとって大切なもの」がテーマ。3日間とも午前6時から晨朝(じんじょう)のお勤めがあり、6時半から質疑応答を含め約1時間の法話を行う。事前申し込みは不要で、参加無料。
講師は24日が真宗大谷派法話や教えを学ぶための道場・拠点「往生人舎」(新潟市江南区)を主宰する今泉温資氏、25日が光照寺(糸魚川市)の梅澤未有氏、26日が光照寺(新潟市西蒲区)の新田顕光氏。
参加者には地元のベーカリー&スイーツ「コロネット」のパンを無料配布する。三条市が推進する「共食」の一環として旧御堂(きゅうみどう)を開放し、希望者が一緒にパンと牛乳の朝食を楽しめるようにする。
法要は24日午後1時半から逮夜法要、25日午前10時から日中法要、午後1時半から逮夜法要を営む。それぞれの法要後に圓照寺(東京都)住職の花園一実氏が「親鸞と〈悪〉の関心領域」を講題に法話を行う。
花園氏は1982年生まれ。日本大学芸術学部卒業、大谷大学大学院博士後期課程満期退学。親鸞仏教センター研究員を経て、現在、東京教区教学館主幹。東本願寺真宗会館発行『Sein』の編集や、『月刊同朋』(東本願寺出版)連載の仏典マンガ『帰り道で話そうよ』の原案なども手掛ける。
26日は午前10時から日中法要を営み、蓮光寺(長岡市)住職の武樋隆如氏が法話を行う。
25日正午には、お斎(とき)として「カンテツ」の精進カレーを用意する。おかわり自由で、辛さはひかえめ。冥加金は1,000円で当日納める。希望する人は9月21日(月)までに三条別院へ申し込む。
また、3日間とも午前9時から午後4時まで、所蔵する貴重な掛け軸や仏具などの一部を公開する「御虫干し展」を開く。法要の合間に見学できる。
問い合わせ、精進カレーの申し込みは三条別院(電話0256-33-0007、sanjo-betsuin@wing.ocn.ne.jp)へ。

新潟県燕市の燕市産業史料館で20日、対談会「玉川堂×タゼン―銅を叩き、未来につなぐ―」が開かれた。燕市の鎚起銅器の老舗、株式会社玉川堂7代目の玉川基行代表取締役と、宮城県仙台市で「御銅師(おんあかがねし)」の系譜を継ぐ株式会社タゼン19代目の田中善代表取締役社長が登壇。銅を扱ってきた老舗が時代に合わせてどう変わり、技術を次代へつなぐのかを語り合った。
対談は、燕市産業史料館で27日まで開かれている企画展「燕〜八十里越〜佐渡 産業・工芸・文化展」の関連イベント。30人余りが来場した。
燕の鎚起銅器の祖とされる仙台生まれの職人、藤七が八十里越を通って燕に入り、鎚起の技術を伝えたとされる歴史を背景に、創業210年の玉川堂と、創業430年のタゼンの当代が顔を合わせた。
玉川堂は文化13年(1816)創業。1枚の銅板を金鎚で打ち起こして立体的な器をつくる伝統工芸「燕鎚起銅器」を200年以上にわたって受け継いできた。湯沸かしや急須、茶器、酒器、花器、コーヒーポットなどを製造し、近年は国内外のブランドや企業とのコラボレーションにも取り組む。
鎚起銅器は、銅板を叩いて伸ばすのではなく、金鎚で打ちながら少しずつ縮め、立体的な形にしていく。表面に着色を施した銅器は使い込むほどに色や艶が変化し、長年使うことで独特の風合いが生まれる。
玉川さんは、日本の伝統工芸を取り巻く厳しい状況を紹介したうえで、玉川堂には現在21人の職人がおり、うち7人が女性、平均年齢は34歳と説明した。
現在の姿に至るまでには大きな転換点があった。高度成長期からバブル期まで、玉川堂の製品は企業の記念品や結婚式の引き出物など贈答品が売り上げの8割以上を占めた。
しかしバブル崩壊で需要が急減。玉川さんが入社する直前の1995年2月には職人の半数を解雇し、多額の借金を抱えて「倒産寸前だった」。
大学在学中、父から「玉川堂が潰れそうだから、就職活動をしないで会社に入ってくれ」と告げられ、卒業後すぐ入社した。
玉川さんが問題と考えたのは技術ではなく「売り方」だった。問屋を通す従来の販売では、どこで誰が製品を買っているのか分からず、客の声も届かなかった。
そこで問屋との取引を見直し、新宿伊勢丹や日本橋三越などの百貨店に自ら銅器を持ち込んで売り込み、職人とともに実演販売を始めた。
客と直接接するなかで、ぐい飲みやビールカップを求める声や、父の日の贈り物として需要が高いことを知り、商品開発につなげた。
「技術というところは大前提。ただ、売り方を変えていかないと技術も残らない」。玉川さんは、販売方法を変えることが結果として技術継承につながったと振り返った。
株式会社タゼンは慶長元年(1596)創業。初代善蔵が伊達政宗に招かれて仙台に移り、神社仏閣の装飾などを手がけたことに始まる。
代々、銅を扱う職人を「御銅師(おんあかがねし)」と称し、江戸時代には神具や仏具から鍋、やかん、銅壺(どうこ)などの生活道具へと仕事を広げた。
その後は風呂釜やボイラー、住宅設備へと事業領域を変え、現在は仙台市を中心にリフォームやガス・水回り設備などを主力事業としている。
一方、田中さんの代になって再び銅を事業の核のひとつに位置づけ、伝統的な銅壺を現代向けにアレンジした「仙臺(せんだい)銅壺」シリーズや、宮城の食文化に合わせたせり鍋などの銅製品を展開している。
田中さんによると、代々の職人は銅を「赤金(あかがね)」と呼んだ。時代が平和になると神社仏閣の仕事から鍋ややかん、銅壺などの生活用品へ、その後は風呂釜や住宅設備へと事業を変えながら生き残ってきた。
田中さんが再び銅に力を入れるきっかけのひとつが、約10年前に玉川さんから言われた言葉だった。
「君、こんな資産をもっているんだから、もっとやらなきゃだめだ。何かしろ」。その言葉に田中さんは「深く感銘を受けた」。
宮城の郷土料理、せり鍋用の銅鍋などを開発したほか、高価になりやすい銅製品を若者にも使ってもらおうと、レンタルやサブスクリプション型の提供も始めた。
さらに、板状の銅を切り、折り、接合する比較的習得しやすい技法を取り入れ、若い職人の育成にもつなげた。当初1人だった銅製品を作れる職人は現在5人ほどに増えた。
タゼンでは、銅と人との新しい接点として体験型のカフェを計画している。自分で銅製品を作り、その器を実際にカフェで使う構想だ。
田中さんは「ものづくりを好きな人が世界中から集まってくる。でも銅製品は見たことも、使ったこともない。であれば、自分で作ったものをそのまま使ってもらう」と話した。
製品そのものを販売するだけでなく、客を制作工程に巻き込み、「一緒にものを作っていく」ことに価値を見いだす。
さらに、銅板の経年変化を日本の「わびさび」として海外に提案すると好評だったことから、銅を建築材料として使う取り組みも進める。
田中さんは今後、主力のリフォーム事業と銅を組み合わせ、「銅を基軸にやっていきたい」とし、室内空間まで含めた展開を思い描いている。
玉川堂では現在、売り上げの約半分を海外が占め、その海外売り上げの約8割を中国、台湾が占める。
中国茶やコーヒーを楽しむ層を中心に、湯沸かし、急須、コーヒーポットなどの需要が高い。職人が1枚の銅板から注ぎ口まで継ぎ目なく打ち出す湯沸かしには100万円ほどするものもある。
玉川堂が重視するブランドテーマは「時」。新品の銅器も50年使えば色や艶が大きく変わる。
「お客様に道具を育てていただく。長い人生をかけて銅器を育てていただく“時”は、お金では買えない」と玉川さん。「本当の美しさは未来にある」と話した。
伝統工芸は長い歴史や高度な技術をもちながらも、欧米ブランドに比べてブランド戦略では遅れていると指摘する。
「ブランド戦略とは、どのような生き方を世の中に提言していくか」。技術や歴史を伝えるだけでなく、その工芸品とともにどのように暮らすのかまで提示する必要があると話した。
ことしも10月1日から4日まで燕三条地域で開かれるオープンファクトリーイベント「燕三条 工場の祭典」が生まれた背景も紹介した。
きっかけのひとつは、フランスのシャンパーニュブランド「クリュッグ」との交流だった。クリュッグの当主が玉川堂を訪れ、職人の働く姿に感動した。その半年後に玉川さんがフランスを訪れると、今度は自分がブドウ畑で働く職人の姿に心を動かされた。
「海外に店を出すことばかり考えていたが、燕三条に人を呼ぼうと思った」。この発想が、工場を開いて職人の仕事を見てもらう「工場の祭典」につながった。
玉川さんは「作り手が自らの仕事を、自らの言葉で表現する。職人の言葉が最も説得力がある。工場の祭典とは、生産者が表現者になるイベント」と話した。
対談の最後には、今回の企画展のテーマでもある八十里越と燕の産業との関係に話が戻った。
玉川さんは、鎚起銅器だけでなく、燕の主要産業だったキセル、ヤスリ、彫金などの技術も会津などから伝わった歴史を紹介。三条の打刃物なども含め、現在の県央地域のものづくりに会津方面との交流が大きく関わってきたとした。
2027年夏には国道289号八十里越が暫定開通する。「仙台と会津の産業の歴史を学ぶことで、燕のものづくりの本質を学ぶことができる」と玉川さん。今回の対談を、八十里越を通して伝わった技術と人の交流を知るきっかけにしてほしいとした。
そして結びに掲げた言葉は「伝統とは革新の連続」。
玉川さんは「伝承は技術を受け継ぐこと。伝統は技術を受け継ぎながら、革新を繰り返すことによって技術も発展させていくこと」と話し、売り方や伝え方も含めて変化を続ける必要性を強調した。
田中さんも、銅について「何かと何かをつなげてくれる力がある」と語り、ものそのものではなく、作り手と使い手が時間や体験を共有することにこれからの価値を見いだした。
八十里越を越えて燕へ伝わった銅の技術。その歴史を受け継ぐ2人の当代は、伝統を守ることを「変えないこと」ではなく、時代に合わせて変わり続けることとして未来を見据えていた。

新潟県見附市上新田町の国道8号沿いに「マクドナルド 8号線見附店」(上新田町字下野沖404-1)が25日(金)、オープンする。ホームセンタームサシ見附店前で、ドライブスルーを備えた71席の店舗。年中無休で営業時間は午前7時から午後11時まで営業する。

店舗は国道8号上新田北交差点角に位置する。店内、ドライブスルーとも午前7時から午後11時まで営業。モバイルオーダーやドライブスルーモバイルオーダー、テーブルサービス、無料Wi-Fiなどにも対応する。
オープンを記念して10月2日(金)から9日(金)までの毎日午前7時から午後9時まで、店内で2000円以上購入すると1回挑戦できるカプセルくじを行う。
賞品は特賞の「ビッグマッククッション」をはじめ、「ポテトクッション」「デリカップ」「トートバッグ」「フードミニタオル」「ドリンクS無料券」。なくなりしだい終了する。

さらに10月10日(土)から12日(月・祝)までの3日間は、各日午前11時からドライブスルーモバイルオーダー利用者の先着200人にフードミニタオルをプレゼントする。いずれも8号線見附店限定の企画。
オープニング期間には店舗限定クーポンも用意。ビッグマックセット640円、てりやきマックバーガーセット590円、マックシェイクM150円、ドリンクM100円で販売する。クーポンの有効期間は10月31日(土)まで。
なお、「PLANT-5 見附店」内にあった「マクドナルド 見附プラント5店」は9月13日で閉店した。また、それ以前にあった市内のマクドナルド店舗にはドライブスルーがあり、久しぶりに見附市のマクドナルドにドライブスルーが復活する。

新潟県三条市上須頃のショッピングセンター「そよら三条須頃」でシルバーウイーク明けの24日(木)、最後に残っていた「スターバックス コーヒー そよら三条須頃店」とメガネ専門店「Zoff(ゾフ) そよら三条須頃店」がオープンする。これで計画していたすべての店舗が出そろい、2025年11月の開業から約10カ月を経て、そよら三条須頃はいよいよグランドオープンを迎える。

そよら三条須頃は「イオンスタイル三条須頃」を核店舗に、「イオンスタイル棟」、「専門店棟」、「ヤマダデンキ棟」と、最後に完成した「カフェ&ファッション棟」の4棟で構成する。
カフェ&ファッション棟では「ワークマンカラーズ」が17日にひと足早くオープンしており、24日にスターバックスとZoffが加わって3店舗がそろう。これで施設全体の専門店18店がすべて営業を始める。
「スターバックス コーヒー そよら三条須頃店」は24日午前7時にオープンする。新潟県内25店舗目、三条市内では三条東新保店に次ぐ2店舗目となる。

スターバックスは1971年に米国シアトルで誕生したスペシャルティコーヒーストア。アラビカ種のコーヒーを中心に、エスプレッソドリンクやティー、フードメニューなどを提供する。
そよら三条須頃店にはドライブスルーも設けられ、車に乗ったまま商品を購入できる。カフェ&ファッション棟の東側にドライブスルーの動線を設けている。
営業時間は午前7時から午後11時まで。モバイルオーダー&ペイにも対応する。定休日は不定休。電話は0256-47-1492。
買い物のついでだけでなく、出勤前や帰宅途中にも立ち寄りやすい営業時間となっている。
同じ24日午前10時にオープンする「Zoff そよら三条須頃店」は三条市初出店。県内ではラブラ万代店、CoCoLo新潟店に次いで3店舗目となる。

機能性とデザイン性を備えたメガネ約1,600本を展開。70種類以上のカラーレンズから好みの色を選び、オリジナルのサングラスを作ることもできる。購入後も「見え方保証」などのサービスを用意する。
子ども向けの「KIDS商品」も扱う。営業時間は午前10時から午後8時まで。電話は0256-47-1245。
カフェ&ファッション棟のもう1店、「Workman Colors そよら三条須頃店」は17日に先行オープンした。三条市内では、2021年7月1日にオープンした「WORKMAN Plus 三条店」に続くワークマンの2店舗目で、Workman Colorsとしては市内初出店となった。

「Your HERO Wear」を掲げ、ワークマンが得意とする機能性を生かしながら、普段着として着られるデザイン性も重視したライフスタイルウェアを展開する。
「寒いときは暖かく、暑いときは涼しく、雨や風から守る」といった機能を備えながら、日常のコーディネートを楽しめる商品をそろえる。営業時間は午前10時から午後8時。
そよら三条須頃は2025年11月7日に開業した。その後、段階的に店舗や機能を増やしてきたが、最後のカフェ&ファッション棟が完成。24日のスターバックスとZoffの開店で計画していたすべての店舗が営業を開始し、開業から約10カ月で全館完成となる。


「秋分」だった23日の新潟県三条市は晴れて最高気温27.7度のさわやかな陽気だった。

最低気温は明け方の15.3度で平年より1度ほど低かったが、最高気温は平年より2度ほど高かった。
台風25号の影響か強めの北寄りの風は22日夕方までに収まった。日中は空気も乾燥して気温は上がったものの、過ごしやすかった。ただ、夜になると小雨が降る所があった。
秋分は、暑さがやわらぎ、本格的な秋へ移っていく時季。昼と夜の長さがほぼ同じになり、しだいに夜の方が長くなっていく。
24日の新潟の予報は、雨のち晴れで予想最高気温は25度。

新潟県津南町と長野県栄村にまたがる集落群、秋山郷ではナナカマドの実が真紅に変わって目を引いている。ナナカマドの実は、夏は緑色だが、秋になると赤く熟して秋の風景に彩りを添える。
ちなみにナナカマドという名前は、七度かまどに入れても燃え残るほど、材が燃えにくいことに由来するという説がよく知られている。

新潟県三条市は24日、八木ヶ鼻温泉保養交流施設「いい湯らてい」で、入浴施設の一部から基準を超えるレジオネラ属菌が検出されたと発表した。9月上旬に同施設を利用した人がレジオネラ症を発症したことを受け、三条保健所が立ち入り検査を行っていた。施設は25日(金)から当面休止し、再発防止策を講じて安全を確認した後に営業を再開する。

三条市によると17日、9月上旬にいい湯らていを利用した人がレジオネラ症を発症したことがわかり、三条保健所が立ち入り検査を実施した。同施設では保健所の指導を受け、ろ過配管の消毒洗浄を行った。
24日になって三条保健所から、入浴施設のうち「和楽の湯」の寝湯・ジャグジー系統から、基準を超過したレジオネラ属菌が検出されたとの報告があった。
これを受け、いい湯らていは直ちに温浴施設の使用を中止。三条市は指定管理者の株式会社下田郷開発に対し、レジオネラ属菌への対策を含む施設全体の衛生管理と再発防止策を徹底するよう指示した。
これまで最初に発症した利用者のほかに感染が疑われる利用者はいない。三条市は、和楽の湯を利用した人で体調不良になった場合は、速やかに医療機関を受診するとともに、指定管理者の下田郷開発(電話0256-41-3011)へ連絡するよう呼びかけている。
いい湯らていは25日から当面の間、施設全体を休止する。再発防止策を実施するとともに、ろ過配管を消毒洗浄した後、自主的に検査機関へ委託した水質検査で安全が確認されしだい、営業を再開予定。
ワイヤーハーネス製造の有限会社ケー・エヌ・ディ(新潟県十日町市、資本金300万円)は9月11日、新潟地裁長岡支部から破産手続き開始決定を受けた。負債は約9700万円の見込み。
帝国データバンク新潟支店の調べでは、同社は1997年4月設立。車載機器用や船舶用、産業機械用などのワイヤーハーネス製造を手がけ、2010年10月期には年売上高約1億100万円を計上していた。
しかし、得意先が固定化していたほか、小規模で人員面にも制約があり、近年は業績が低迷。2025年10月期の年売上高は約4000万円まで落ち込み、収益面も低調に推移していた。
資金繰りも厳しさを増し、先行きの見通しが立たないことから事業継続を断念した。

レース中の落車事故で9月21日に49歳で亡くなった燕市出身の競輪選手、諸橋愛(もろはし・めぐむ)さんの一般弔問が26日(土)、燕市物流センターの「虹のホールあかり壱号館」で行われる。弥彦競輪場には諸橋選手をしのぶ献花台と記帳台が設置され、多くのファンらからの思いを受け付けている。

一般弔問は26日の午前10時から正午までと、午後2時から6時まで。会場は虹のホールあかり壱号館(燕市物流センター1-3)。通夜、葬儀は家族、親族のみで執り行われる。
突然の訃報を受け、弥彦競輪場では22日から、場内のセダーハウスに献花台と記帳台を設置している。
弥彦競輪場は、諸橋選手について1997年のデビュー以来、新潟支部を代表する選手として競輪界、弥彦競輪、弥彦村の発展に大きく寄与したとその功績をたたえる。迫力ある走りで多くのファンを魅了し、「最後の最後まで諦めないスタイル」が多くの人に勇気と感動を与えたとしている。
献花台と記帳台にはメッセージカードも用意されている。設置は10月1日までの毎日午前10時から午後5時まで。弥彦競輪場セダーハウス(弥彦村弥彦2621)で、諸橋選手への思いを受け付けている。
諸橋選手は9月12日、奈良競輪場の「76周年記念平安賞in奈良(GIII)」3日目第11レースのS級準決勝で落車。奈良市内の病院へ緊急搬送されて治療を受けていたが、頚髄損傷による多臓器不全のため21日午前2時14分に亡くなった。

諸橋選手は燕市出身。県立吉田商業高校(現・吉田高校)の自転車競技部を経て、日本競輪学校(現・日本競輪選手養成所)79期として1997年にデビューした。日本競輪選手会新潟支部に所属し、49歳になってもS級1班で第一線を走り続けた。
2017年には地元の弥彦記念を制したのに続き、第33回共同通信社杯(GII)でビッグレース初優勝。同年は賞金上位に入り、競輪界最高峰の一戦「KEIRINグランプリ2017」に初出場した。KEIRIN.JPは当時、デビュー20年目で共同通信社杯を制し、弥彦記念でも地元記念初優勝を果たした年だったと紹介している。
さらに2025年6月の第76回高松宮記念杯競輪では、同大会の20回連続出場を達成。開会式で表彰され、JKAから記念メダルを贈られた。長年にわたり最高峰の舞台に出場し続けた実績を象徴する記録となった。
献花台・記帳台には、諸橋選手の遺影や2025年の第76回高松宮記念杯競輪で20回連続出場を達成したときのユニフォーム、17年の共同通信社杯優勝の祝賀会と思われる写真などが飾られ、たくさんの菊の花が手向けられている。

新潟県三条市の三条防災ステーションで20日、「三条凧(いか)合戦 秋季大会」の2日目が開かれ、10歳から15歳までの小中学生を対象にした「SANJO IKAGASSEN NEXT」が行われた。昨年の35人を3人上回る38人が6チームに分かれ、おとな顔負けの空中戦を繰り広げた。

「SANJO IKAGASSEN NEXT」は、三条凧合戦の技術や魅力を次代に引き継ごうと昨年初めて開催され、ことしが2回目。参加した38人のうち、裏館小学校と一ノ木戸小学校の凧クラブがそれぞれチームを組んで参加。残る4チームは、当日集まった子どもたちで編成した。
子どもたちは、各チームを支えるおとなの揚げ師から凧の扱い方や糸の出し引きなどを教わり、仲間と声を掛け合いながら合戦に挑んだ。
使用したのは、おとなの合戦で使う30枚張りや50枚張りより一回り小さな20枚張りの凧。それでも空に揚がれば迫力は十分で、子どもたちは相手の凧の動きを見極めながら糸を操った。

学校の凧クラブなどで経験を積んだ子どもは、巧みな糸さばきで凧を操り、指導するおとなを驚かせた。その腕前に「本戦に出ても全然、勝てるよ」と舌を巻く声も上がった。
子どもたちも負けてはいない。「俺らをなめてもらっちゃ困るんだよな」と、口もおとな顔負けだった。
一方、指導役のおとなが合戦に夢中になり過ぎ、つい自分で凧を操り続けてしまう場面もあった。糸を引いていればおとなも子どももない。周囲から「子どもに揚げさせてください」とたしなめられると苦笑いしていた。

昨年の初開催では35人が参加し、2回戦を行った。好評を受け、ことしは競技を4回戦に倍増。参加者も3人増えた。
学校の凧クラブで腕を磨いてきた子どもも、その場で初めてチームを組んだ子どもも、三条凧合戦の次代を担う若い揚げ師として熱戦を展開していた。