投稿者: masato

  • ことしも「はしの日」の4日に三条市・八幡宮ではし供養祭、使用済みのはし1,000膳を焼納

    ことしも「はしの日」の4日に三条市・八幡宮ではし供養祭、使用済みのはし1,000膳を焼納

    語呂合わせで「はしの日」の8月4日、県央食品衛生協会三条支部(小栗忠夫支部長)は、午前10時半から三条市・八幡宮(藤崎重康宮司)でことしも「はし供養祭」を行った。

     ことしも8月4日の「はしの日」に三条市・八幡宮で行われたはし供養祭で、使用済みのはしを神火にくべる藤崎宮司

    ことしも8月4日の「はしの日」に三条市・八幡宮で行われたはし供養祭で、使用済みのはしを神火にくべる藤崎宮司

    同支部会員や来賓など約30人が参列し、拝殿で長さ約60センチのヒノキのはしを供えて神事を行い、境内に設置した焼納台に神火をたいて、支部員や市民の持ち寄った使用済みのはし1,000膳を焼納した。

    境内で焼きそばを調理する県央食品衛生協会三条支部

    境内で焼きそばを調理する県央食品衛生協会三条支部

    藤崎宮司を皮切りに続いて参列者がひと握りずつのはしを手にとって神火にくべ、食べものを口に運んでくれたはしに感謝し、延命長寿や無病息災を祈った。

    はし供養祭は昭和50年に民俗学研究者が「はしを正しく使おう」と提案して始まり、東京・日枝神社の箸感謝祭が有名。三条ではその3年後の昭和53年に当時の三条割烹組合(今の三条総合飲食サービス業部会)有志がはし供養祭を行ったのが始まり。その翌年から三条地区食品衛生協会三条支部(今の県央食品衛生協会三条支部)が毎年、行っている。

    拝殿の下のかき氷を食べる子どもたち

    拝殿の下のかき氷を食べる子どもたち

    市民にも参加してもらおうと、十数年前から神事だけでなくイベントもあわせて行っている。ことしも同支部の飲食業を営むプロがその場で調理した焼きそば500食やかき氷300食を無料で配付。子どもたちにはスーパーボールすくいも楽しんでもらった。

    はしの焼納が始まったころには薄雲が晴れて青空が広がった。朝方降った雨で湿った境内は蒸し暑さが増したが、子どもたちを中心に大勢の市民が集まった。焼きそばのソースの香りとセミ時雨のなか、行列に並んでかき氷などを受け取ると、はし供養の意義は二の次に、さっそく拝殿の下に座っておいしそうに食べていた。

  • 6日の広島平和記念式典に燕市が初めて市内中学生5人を派遣

    6日の広島平和記念式典に燕市が初めて市内中学生5人を派遣

    燕市は、6日に広島県・広島平和記念公園で行われる広島平和記念式典に初めて市内中学生を派遣する。派遣を前に5日午前7時から市役所吉田庁舎で広島平和記念式典派遣事業出発式を行い、市内5中学校すべてから3年生1人ずつ、男子3人、女子2人の計5人が広島へ向かった。

    燕市が初めて広島平和記念式典に派遣する市内中学3年生5人の出発式

    燕市が初めて広島平和記念式典に派遣する市内中学3年生5人の出発式

    平成18年度の合併を機に、燕市は非核平和都市宣言を行っており、非核平和宣言推進事業と平和学習活動実施の一環として、国際的な視点で命の尊厳や平和の尊さを理解できる生徒を育成しようと初めて派遣事業に取り組む。

    出発式で派遣生を前に小林清市長は「千羽鶴を供えながら平和への気持を訴えてきてほしい」と求め、派遣生代表の赤塚匠君=吉田中3年=は、「命の尊さを学び、各中学校で伝えていきたい」と話した。

    派遣生は、市長らに見送られて引率の市職員2人とともに2泊3日の日程で出発、新幹線で広島へ向かう。これに先立って各中学校では、生徒が平和の祈りを込めて千羽鶴を折り、計6,000羽近くをすでに宿に発送しており、平和記念公園にある原爆の子の像に奉納する。派遣生5人は次の通り。敬称略。

    ▲明道里穂(燕中)▲神田偉成(小池中)▲斉藤雄太(燕北中)▲赤塚匠(吉田中)▲藤澤毬衣(分水中)

  • 甲子園初戦を戦い切った県央工高ナインが10日ぶりに母校に帰って報告会

    甲子園初戦を戦い切った県央工高ナインが10日ぶりに母校に帰って報告会

    甲子園での初戦を見事に戦い抜いた新潟県央工業高校野球部が5日朝、同校に戻り、同窓生や保護者など大勢の市民らが拍手で出迎えた。

    甲子園から帰って学校で報告会を開く新潟県央工業高校野球部、あいさつする鈴木監督

    甲子園から帰って学校で報告会を開く新潟県央工業高校野球部、あいさつする鈴木監督

    甲子園初戦を戦い切った県央工高ナインが10日ぶりに母校に帰って報告会

    選手らはこの日早朝、空路で新潟空港に降り立ち、そこからバスに乗って午前10時20分過ぎに同校に到着し、甲子園での報告会を開いた。選手は甲子園へ向けて出発してから10日ぶりに学校に戻った。

    「新潟県立新潟県央工業高等学校」の横断幕などを下げた生徒玄関前では、応援部隊にまわった野球部員をはじめ、同窓会や教諭、保護者、近所の人たちが待ち、生徒たちを乗せたバスが見えると「お帰り!」、「よく頑張った!」と声を投げかけ、拍手で出迎えた。

    10日ぶりに学校に戻るナインを乗せたバスを小旗を振り、拍手で迎える

    10日ぶりに学校に戻るナインを乗せたバスを小旗を振り、拍手で迎える

    白いワイシャツに学生ズボンの野球部員は、生徒玄関前に整列。出迎えの市民らを前に鈴木春樹監督は、「おとといは大きな声援をいただいて、また、試合に至るまでいろいろなことをありがとうございました」と礼を述べ、試合前に応援団のいるアルプススタンドに行ったときには「頑張れや~!」と三条弁でのものすごい大声援を受け「涙が出るくらいうれしくて、勇気づけられました」。

     あいさつする池田主将

    あいさつする池田主将

     あいさつする坂井校長

    あいさつする坂井校長

    さらに、試合には惜しくも破れたが、努力を積み重ねてきた生徒たちが甲子園であれだけのプレーができ、次はぜひ甲子園で勝ちたいと、リベンジを約束した。

    池田周平主将は「皆さんの応援にすごく勇気づけられ、自分たちも精一杯プレーすることができました。応援ありがとうございました」と礼を述べ、堂々とあいさつした。

    坂井章校長は、「まずはお疲れさまでした」と選手をねぎらい、地元などからの応援には「みんなが頑張る限り応援はある」、「あしたからはまた普通の高校生活が始まるが、野球部をはじめ、(全校生徒)みんなが頑張れば、いつまでも支援はある」と生徒たちを勇気づけた。

    川崎国雄同窓会長は選手一人ひとりの顔を見ながら「素晴らしい感動をいただき、本当にありがとうございました」。「この県央地域、みんなのおかげで本当に元気になりました」と礼を述べた。

     報告会が終わって表情を緩ませるナイン

    報告会が終わって表情を緩ませるナイン

    10分ほどで報告会が終わると、それまできりりと口元を結んでいた選手たちの表情がやわらぎ、出迎えてくれた野球部員たちが「芝生、どんなだった?」、「すごかったですね」と質問する姿も。日焼けした顔に白い歯の笑顔があふれていた。

    キャプション

    県央工高野球部を甲子園へ送る会の川崎会長(左)らと鈴木監督(右)

    野球部選手は、明日6日午後から三条市と燕市の市長をそれぞれ表敬訪問。7日から1、2年生中心の正式な練習をスタートする。

  • 三条夏まつりは大花火大会で締めくくり、県央工高の甲子園での健闘をたたえる気持ちも超えて夏の夜空に大輪の花

    三条夏まつりは大花火大会で締めくくり、県央工高の甲子園での健闘をたたえる気持ちも超えて夏の夜空に大輪の花

    第4回三条夏まつりの最終日3日は、夕方からのよさこいソーラン「三条総踊り!!」に続く夜の大花火大会で締めくくった。大花火大会は打ち上げの始まる少し前まで甲子園で活躍する地元新潟県央工業高校の試合がテレビ放送されていたこともあって出足は鈍く、人出は昨年より6,000人少ない81,000人(主催者発表)にとどまったが、惜敗した同校ナインの健闘をたたえる花火ともなった。

     =三条夏まつりのフィナーレを飾る大花火大会が三条の真夏の夜空を焦がす

    三条夏まつりのフィナーレを飾る大花火大会が三条の真夏の夜空を焦がす

    第4回三条夏まつりのフォトアルバム

    午後5時から中央商店街を車両交通止めにしたよさこいソーランの「三条総踊り!!」のあと、午後7時半から大花火大会。甲子園初出場の地元新潟県央工高の試合は午後4時40分ころ始まり、熱戦は約2時間行われた。

    花火大会は旧競馬場の立ち入り禁止など観覧場所の変更も影響したが、テレビ観戦した市民が多く、試合時間帯には市内の交通量もぐっと減ったように感じたほど。もろに試合とバッティングしたよさこいソーランの見物客は3,000人だった昨年の3分の1の1,000人にとどまり、影響は大きかった。

    夜空に大輪の花が開き、まさにファイアーワークス

    夜空に大輪の花が開き、まさにファイアーワークス

    それでも、試合が終わったころから花火観覧会場の六ノ町河川緑地には続々と見物客が訪れた。また、打ち上げ開始時間前には、早めに来た見物客からの要望に応えて甲子園のラジオ中継をスピーカーから流すサービスも。新潟県央工高は残念ながら強豪校に惜敗したが、花火大会の開会あいさつでも健闘をたたえた。

    定刻通りにスタートした花火大会では仕掛けスターマイン25組をはじめ、ナイアガラ1組、尺玉146発など計約8,000発が夏の夜空を彩った。日中は35.0度(三条市消防本部観測)の猛暑日で、ことしいちばんの暑さ。午後8時になっても29.2度で、観客で埋まった観覧会場はいっそう蒸し暑かったが、シートに腰を下ろした観客はうちわやビールを片手にゆっくりと花火を楽しんだ。

    瑞雲橋にかかるナイアガラ花火

    瑞雲橋にかかるナイアガラ花火

    午後9時前の市民の花火、瑞雲橋に架かったナイアガラ花火、その脇に「完又来年」の文字の仕掛け花火で3日間の三条夏まつりは終わったが、ことしは県央工高ナインの活躍をたたえて、市民の花火のBGMに『2008夏の甲子園のテーマ』、ナイアガラでは野球漫画のドラマの主題歌だった『キセキ』が会場内に流れると自然と手拍子が起こった。新潟県央工高ナインの甲子園初出場で、いつもの年とは少しだけ違った花火大会だったようだ。

  • 県央工高が甲子園切符を手にした三條機械スタジアムで県央地域選抜少年野球大会、吉田北小スピリッツが初優勝

    県央工高が甲子園切符を手にした三條機械スタジアムで県央地域選抜少年野球大会、吉田北小スピリッツが初優勝

    県央地域体育協会連絡協議会(野崎勝康会長)は2、3の2日間、三條機械スタジアムで第14回県央地域選抜少年野球大会を開き、県央地域5市町村から小学5、6年生を中心にした9チームが出場して競った結果、決勝で燕市の吉田北小スピリッツが弥彦ザ・ジェイを下し、初優勝した。

    2、3の2日間、三條機械スタジアムで開かれた第14回県央地域選抜少年野球大会、決勝の吉田北小スピリッツの攻撃

    2、3の2日間、三條機械スタジアムで開かれた第14回県央地域選抜少年野球大会、決勝の吉田北小スピリッツの攻撃

    県央地域の少年野球の交流を図ろうと毎年開いている。合併で構成市町村が5市町村となったが、ことしも旧市町村の枠組みで三条市の三条、栄、下田、燕市の燕、吉田、分水の各地区から1チームの計6チームと加茂、田上、弥彦各1チームの計9チームが参加した。

    試合はトーナメントで7回戦または1時間20分(決勝のみ1時間40分)の時間制限試合で、コールドゲームは3回以降10点差、5回以降7点差とする。

    2日間とも夏空が広がり、最高気温は初日34.1度、2日目は35.0度(三条市消防本部観測)の猛暑。炎天下のなか、選手たちは土ぼこりを上げて熱戦を繰り広げた。

    また、大会2日目の3日は、10日余り前にこの球場で甲子園初出場を勝ち取った新潟県央工業高校の甲子園初戦。関係者の話では、同大会出場チームの卒団生にも県央工高野球部選手がおり、野球少年の夢の甲子園出場を先輩が勝ち取ったその同じ球場で試合ができることは、子どもたちにも大きな張り合いになっていると話していた。試合結果は次の通り。

    ■予選

    一 二 三 四 五 六 七 計
    下田少年野球クラブ(三条) 0 0 0 2 0

    2
    分水ジュニアベースボールクラブ(燕) 5 1 3 0 x

    9

    一 二 三 四 五 六 七 計
    下条ファイターズ(加茂) 0 0 0 0 0 0
    0
    南小スターズ(燕) 2 1 0 0 0 x
    3

    一 二 三 四 五 六 七 計
    分水ジュニアベースボールクラブ 0 1 3 0 0 0
    4
    吉田北小スピリッツ(燕) 0 0 3 0 2 1
    6

    一 二 三 四 五 六 七 計
    大崎少年野球(三条) 1 0 0 5


    6
    弥彦ザ・ジェイ 1 6 1 x


    8

    一 二 三 四 五 六 七 計
    中央ペガサス(三条) 2 0 1 0 0

    3
    田上ベースボールクラブ 0 0 2 2 0

    4
    ■準決勝

    一 二 三 四 五 六 七 計
    南小スターズ 1 1 2 0 0

    4
    吉田北小スピリッツ 0 1 0 0 4x

    5

    一 二 三 四 五 六 七 計
    弥彦ザ・ジェイ 0 0 1 1 0 2
    4
    田上ベースボールクラブ 1 0 0 1 0 0
    2
    ■決勝

    一 二 三 四 五 六 七 計
    弥彦ザ・ジェイ 0 0 0 0 0 4 0 4
    吉田北小スピリッツ 3 1 0 1 0 1 x 6
  • 新潟県央工業高校の甲子園初挑戦への支援、応援に感謝

    新潟県央工業高校の甲子園初挑戦への支援、応援に感謝

    3日の新潟県央工業高校の甲子園初戦を300人余りが集まって観戦、応援した校内応援会場では試合終了後、安達弘哉教頭と新潟県央工高野球部を甲子園に送る会の梨本正實事務局長が「ありがとうございました」と深く頭を下げ、大勢の声援に感謝した。

    試合を見詰める新潟県央工高野球部を甲子園に送る会の梨本事務局長(手前)

    試合を見詰める新潟県央工高野球部を甲子園に送る会の梨本事務局長(手前)

    八十里越紅葉観賞ツアー

    この日は最高気温33.9度(三条市消防本部調べ)の猛暑。50インチのテレビ2台を設置し、パイプいすを並べた応援会場の体育館は、まるでサウナ。工場用の大型扇風機で回しても焼け石に水で、座っているだけでも汗が噴き出した。

    しかし、テレビに映る甲子園球場の応援団も炎天下で応援を繰り広げており、弱音を吐いてはいられず、猛暑との戦いもある種の願掛け。子ども連れから年配の人までタオルで汗をふきながら、うちわを手にテレビ観戦、甲子園に向けて声援を送り続けた。

    県央工業が先制点をあげた1回から、2点目をあげて2-0となった5回までは、県央ナインの活躍に両手を上げて喜び、会場内には笑顔があふれたが、6回裏に2失点で2-2の同点。「同点だ、まだまだ!」、「頑張れ!」と声を上げ、県央工高の攻撃では自然に手拍子が起こっていた。

    9回裏、報徳学園の本塁打で、2-4のサヨナラ負けすると、まさかの展開に「あ~」のため息とともにぼうぜん。しばらく間を置いてから、選手をたたえる拍手がわき上がった。

    サヨナラ負けしたあと、拍手して健闘をたたえる市民

    サヨナラ負けしたあと、拍手して健闘をたたえる市民

    三条市今井から友人と来場した40歳代の主婦は「残念ですが、よく頑張ってくれたと思います」、「楽しかった。甲子園出場を応援する機会は二度とあるかないかのチャンスを与えてくれた。よく頑張ってくれました」と惜しみない拍手を送っていた。

    梨本事務局長は「無念、残念。惜しかった」と肩を落としたが、「全国レベルで戦えることを十分に証明してくれた、また精進して頑張ってほしい」、「よーやってくれた。よー頑張ってくれた」と選手をたたえた。さらに、「甲子園出場にかかわってくれたすべての方に感謝とお礼を申し上げたい」、「子どもに感謝、地域の皆さんに感謝」とひたすら礼を述べていた。

    安達教頭は、「試合に勝って勝負に負けた」と、つかみかけた勝利が手からこぼれ落ちたことを残念がり、多くの支援への感謝と同時に勝利の報告ができれば良かったと言いながらも、「生徒たちは、自分たちの試合ができた。よくやったと思う」と選手の頑張りには十二分に満足し、誇りにしていた。

  • 3日午後に燕市燕地区で昼火事、住宅1棟が燃える

    3日午後に燕市燕地区で昼火事、住宅1棟が燃える

    3日午後、燕市燕地区で火事があり、住宅1棟が全焼した。

     3日午後、昼火事のあった燕市地区の現場

    3日午後、昼火事のあった燕市地区の現場

    午後2時50分ころに燕市東太田、富田強さん(61)方から出火し、富田さん方の木造瓦ぶき一部2階建て住宅約130平方メートルが全焼し、4時22分に火は消えた。この火事でけが人はなかった。

    現場は、大野集落開発センター向かいで、消防団第二分団第二部の積載車の車庫のとなり。駆けつけた消防団員が、日曜の昼火事とあって、付近の人など大勢が集まり、消火作業を心配そうに見守っていた。

  • 新潟県央工業高校の校内応援会場では300人余りが観戦、応援

    新潟県央工業高校の校内応援会場では300人余りが観戦、応援

    3日、甲子園で行われている新潟県央工業高校の試合を地元三条市から応援しようと同校の校内応援会場には300人余りの市民が訪れ、テレビ観戦しながら声援を送っている。

    300人余りが来場した新潟県央工業高校の校内応援会場

    300人余りが来場した新潟県央工業高校の校内応援会場

    八十里越紅葉観賞ツアー

    午後3時の開場予定だったが、早い人では2時ころから訪れ、試合開始予定の午後4時前には、近所の家族連れや同窓会関係者、地元高校生など300人近くが応援会場の体育館に訪れた。

    車がすいすい流れる三条市須頃付近の国道8号

    車がすいすい流れる三条市須頃付近の国道8号

    会場では、50インチのテレビ2台で観戦。2台のテレビの間には、「祝 甲子園出場!!!おめでとう野球部」、地元の医療機関から寄付された「県央魂」の横断幕、三条凧協会から寄付された六角巻凧などが飾られた。

    午後4時40分の試合開始とともに、くいいいるようにテレビに集中。県央ナインの活躍に、うちわをたたいて喜びの歓声、惜しいプレーにはため息と一喜一憂。暑さを忘れて応援に熱中している。

    休日とは思えない半分近い空きスペースがあるムサシ三条店駐車場

    休日とは思えない半分近い空きスペースがあるムサシ三条店駐車場

    一方、大半の地元市民は家でテレビにかじりついて観戦しているようで、休日の日中は渋滞が当たり前の三条市須頃付近の国道8号は夕方、車がすいすいと流れた。また、いつもなら満車のムサシ三条店の店舗前駐車場にも半分近い空きスペースがあった。

  • 甲子園初出場の新潟県央工業高校、初戦で報徳学園のサヨナラ本塁打を浴びて2-4の惜敗

    甲子園初出場の新潟県央工業高校、初戦で報徳学園のサヨナラ本塁打を浴びて2-4の惜敗

    3日、阪神甲子園球場で行われた第90回全国高校野球選手権記念大会第2日の第4試合、新潟県代表として初出場した新潟県央工業高校は、東兵庫の強豪、報徳学園と対戦。九回裏の報徳学園の本塁打で2-4でサヨナラ負けし、1勝の願いはかなわなかった。

    試合が終了、報徳学園の校歌が流れる阪神甲子園球場

    試合が終了、報徳学園の校歌が流れる阪神甲子園球場

    気温が軽く30度を超え、浜風は吹いたものの蒸し暑い球場で、予定より40分近く遅れて午後4時37分に試合開始。県央工高新潟県央工高は1回表の攻撃、1死3塁からスクイズを決め、先制点を上げる幸先のいいスタートを切った。


    一 二 三 四 五 六 七 八 九 計
    県央工 1 0 0 0 1 0 0 0 0 2
    報徳 0 0 0 0 0 2 0 0 2x 4

    石田投手は報徳学園の強力打線を四回裏まで無安打でぴしゃりと封じ込め、続く五回表に2死走者2塁から右前打で1点を追加して0-2と差を広げた。

    球場へ到着した県央工高野球部員

    球場へ到着した県央工高野球部員

    6回裏、1死走者2塁の場面で鈴木監督は、新潟大会での戦い方と同様、ここまで1安打だけと好投していた石田投手から古村投手へ交代。しかし、古村投手は2死としたあと、左翼席へ本塁打を打たれ、2-2の同点となった。

    そして9回裏、2死走者3塁で延長戦突入が濃厚となるなか、古村投手が放ったスライダーは捕手の構えた内角低めではなく、真ん中高めに浮いたところをはじき返され、白球は右中間スタンドに吸い込まれ、万事休す。2-4でサヨナラ負けを喫した

    次々と球場に集まる県央工高応援団

    次々と球場に集まる県央工高応援団

    県央工高は野球の名門校、報徳学園に対しておくせずに立ち向かった。安打数では報徳学園の6本を上回る7本を数え、互角かそれ以上の戦いぶりは鈴木監督に「負けた気がしない」と言わせた。

    最後の最後に勝利の女神に見放されはしたが、三条市、あるいは県央地域の高校野球史に輝かしい一歩を刻み、来年以降にもつながる見事の戦いぶりを見せてくれた。

    その後に地元三条市で始まった大花火大会は祝砲とはならなかったが、県央工高ナインの健闘を祝福、称賛する花火となり、その戦いぶりは地元市民の感動を呼び、ナインが胸を張って地元へ戻る姿を期待しているはずだ。

  • 甲子園初戦に向けて県央工高ナインが球場入り

    甲子園初戦に向けて県央工高ナインが球場入り

    阪神甲子園球場で開かれている第90回全国高校野球選手権記念大会第2日の3日、第4試合で報徳学園との初戦に挑む新潟県央工業高校野球部員が午後2時40分過ぎ、球場入りした。

     阪神甲子園球場に入るユニホーム姿の新潟県央工高野球部員(14:43)

    阪神甲子園球場に入るユニホーム姿の新潟県央工高野球部員(14:43)

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    球場外で入場を待つ県央工高を応援する人たち(14:44)

     試合開始を待つ新潟県央工の応援席(16:19)

    試合開始を待つ新潟県央工の応援席(16:19)

    試合開始を待つ新潟県央工の応援席(16:20)

    試合開始を待つ新潟県央工の応援席(16:20)

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    球場外で入場を待つ県央工高を応援する人たち(14:47)

    会場で配布されている観戦ガイド

    会場で配布されている観戦ガイド

  • 国定三条市長、県央工高応援のため3日早朝に公用車で甲子園へ向けて出発

    国定三条市長、県央工高応援のため3日早朝に公用車で甲子園へ向けて出発

    国定勇人三条市長は3日早朝、この日午後4時から阪神甲子園球場で報徳学園(兵庫東)と初戦を戦う新潟県央工業高校野球部の応援に出発した。

     新潟県央工高の「初戦突破」のうちわを手に。2日夏まつり夜店市会場で。

    新潟県央工高の「初戦突破」のうちわを手に。2日夏まつり夜店市会場で。

    午前6時ころに佐藤副市長、須佐健康づくり課長と3人で公用車で甲子園に向けて出発した。

    前日2日夜、三条夏まつりの夜店市の各会場を訪問していた国定市長は、3日は夏まつり最終日だが、それに代えて甲子園へ応援に行くことに、「夏まつりとだぶるので、申し訳ない気持ちでいっぱい」と後ろ髪を引かれる思いを話していた。

    また、夜店市へ行く前に市役所は休みだったが登庁して自身のブログ「三条市長日記」に「行ってきます!!!」をアップし、三条市が寄付した地元のミネラルウオーター「千年悠水」を飲んで試合に、応援に活躍することを願い、「いろんな方々から託された?気?を送り込んできたいと思います。」と締めくくっている。

    一方、夏まつりの会場では数多くの市民から「自分の分まで応援してきてほしい」と声をかけられた。国定市長は「そのパワーを身代わりになってぶつけてきたい」と、甲子園での精一杯の応援を約束していた。

    国定市長は、県央工高の応援のあとは、翌4日に阪神甲子園球場と同じ兵庫県、三木市の青年会議所関係の講演会に出席する。

  • 2日夕方、生徒を乗せた新潟県央工高の応援バス11台が出発

    2日夕方、生徒を乗せた新潟県央工高の応援バス11台が出発

    新潟県央高校では野球部の阪神甲子園球場での初戦前日の2日夕方、生徒と教諭合わせて400人余りの生徒応援団はバス11台に分乗して甲子園に向けて出発した。

    新潟県央工高初戦前日、同校から生徒応援団のバスが出発

    新潟県央工高初戦前日、同校から生徒応援団のバスが出発

    同校玄関前にずらりと並んだ県内3社のバスのフロントガラスには、それぞれ「必勝新潟県央工業高校」の文字。生徒たちは、そろいの応援のTシャツなどを詰めたバッグを手に、すでに応援が始まっているかのように整然とバスに乗り込んだ。

    応援バスを見送る坂井校長ら

    応援バスを見送る坂井校長ら

    あわせて1台ごとに三条市が寄付したミネラルウオーター「千年悠水」やメガホンなどの応援グッズも段ボール箱に入れて積み込み、午後6時10分ころ、坂井章校長や安達弘哉教頭、保護者らに見送られて出発した。

    応援バスは北陸自動車から球場へ向かい、3日早朝に入浴施設もある箕面スパガーデンで朝食、休憩。2日午後8時に出発の保護者のバスと、3日明け方に三条を出発の坂井章校長や同窓会のメンバーを乗せたバスが合流。午後1時40分ころに甲子園駐車場に入る。

  • 第4回三条夏まつり2日目の夜は三条地区の5商店街が趣向を凝らした夜店市と夏神輿で盛り上がる

    第4回三条夏まつり2日目の夜は三条地区の5商店街が趣向を凝らした夜店市と夏神輿で盛り上がる

    第4回三条夏まつり2日目の2日、夕方から三条地区の5つの商店街がそれぞれ趣向を凝らした夜店市を開いて市民サービス。あわせて、三条夏神輿(みこし)が気勢を上げて盛り上げた。

    三条夏まつり2日目の夜店市、写真は四日町商店街の日吉神社境内での夜店市

    三条夏まつり2日目の夜店市、写真は四日町商店街の日吉神社境内での夜店市

    第4回三条夏まつりのフォトアルバム

    午後3時過ぎから三条市商店街連合会加盟の東三条、一ノ木戸、中央、昭栄通り、四日町の5商店街で、夏まつり恒例の夜店市を開店。ことしも神社の境内や駐車場を会場に、焼きそばやフランクフルト、かき氷や生ビールなどを販売した。

    縁日やビアガーデンに姿を変えた会場には、家族連れなどが大勢訪れ、どの模擬店も行列ができる大盛況だった。

    この日は最高気温が34.1度(三条市消防本部調べ)の猛暑で、午後7時でも30.2度と、夕涼みどころではない暑さ。市民でごった返す夜店市会場はさらに暑く、火に向かって焼きそばや焼き鳥を作る商店主はどっと汗を流し、生ビールを飲むお父さんは飲んだあとから汗を流していた。

    大通りを進む三条夏神輿

    大通りを進む三条夏神輿

    また、夏神輿は午後7時に、工事中の常盤橋の中央商店街側の松屋小路から池田英夫三条商工会議所副会頭のかちを合図に、2005年に新三条市誕生を記念して制作した万灯夏神輿が発進。本町通り、本寺小路、昭栄通りなどを「そいや、そいや!」のかけ声とともに練り歩いた。

  • 県央工高の甲子園初戦を同じ三条市内の高校、三条東高吹奏楽部が友情応援

    県央工高の甲子園初戦を同じ三条市内の高校、三条東高吹奏楽部が友情応援

    新潟県央工業高校は3日、第90回全国高校野球選手権大会で報徳学園(兵庫東)との初戦に挑むが、同校にはスタンドでの応援の要となる吹奏楽部ないため、同じ三条市内にある高校、三条東高校の吹奏楽部が友情応援する。

    新潟県央工高初戦の応援に吹奏楽部を送り出した三条東高の森校長

    新潟県央工高初戦の応援に吹奏楽部を送り出した三条東高の森校長

    県央工高では、市内の高校などに吹奏楽の応援を打診していたが、7月31日に国定勇人市長や三条東高の住谷豊前同窓会長らが三条東高を訪れて吹奏楽部の友情応援を依頼したところ、試合前日の2日にコンクールに出場するにもかかわらず快く引き受けてくれた。

    三条東高校舎

    三条東高校舎

    三条東高は、2日に新潟市で開かれた第49回新潟県吹奏楽コンクールに出場し、コンクール終了後、楽器を積み込んだトラックはそのまま阪神甲子園球場へ向かった。部員は翌朝午前8時過ぎの新幹線で球場へ向かう。

    三条東校の森久校長は、「急で大変だが、同じ三条市の高校が初めて甲子園に行くこと。喜んで引き受けた」。森校長は7月31日に応援の要請を受けたときから引き受けたい考えで、同部顧問教諭もOK。夕方に連絡網で生徒に連絡し、翌8月1日に参加の確認をとったところ、部員52人のうち、どうしても都合がつかない2人を除く50人が参加することになった。

    昨年のコンクールに出場したときの三条東高吹奏楽部

    昨年のコンクールに出場したときの三条東高吹奏楽部

    森校長は、二男が柏崎高校時代に今の県央工高監督、鈴木春樹監督のもとで甲子園出場を経験し、自らも甲子園で応援した。森校長は、甲子園での応援にブラスバンドは欠かせず、新潟県を代表して戦う同じ市内の高校を応援してあげたいと思ったと言う。

    吹奏楽部員には「賛助応援団といっても、自分の学校とかわらず、自分たちのまちの学校としてしっかりと応援してほしい」と求めた。部員は元気に「はい」と答えたと言い、「頑張ってくれると思っている」と自身の思いを託している。

    また、県央高校野球部選手には、「自分たちの野球を思いきりしてほしい。結果はそのあとについてくる」とエールを送っている。

  • 第4回三条夏まつり、初日夜は目抜き通りで凧と凧ばやし踊りパレードに民謡踊り流し

    第4回三条夏まつり、初日夜は目抜き通りで凧と凧ばやし踊りパレードに民謡踊り流し

    第4回三条夏まつりの初日1日、昼のふれ太鼓に続いて夕方からは歩行者天国にした目抜き通りで凧と凧ばやし踊りパレード、市民民謡踊り流しが行われ、参加者や見物人合わせて昨年より1,000人多い18,000人(主催者発表)が祭りの夜を盛り上げた。

     1日夜、第4回三条夏まつりの市民民謡踊り流しで三条市の目抜き通りに踊りの輪

    1日夜、第4回三条夏まつりの市民民謡踊り流しで三条市の目抜き通りに踊りの輪

    第4回三条夏まつりのフォトアルバム

    一ノ木戸商店街から中央商店街までを車両通行止めにして行い、午後6時半からの凧と凧ばやし踊りパレードには、三条凧協会約500人と条南、南、四日町、裏館、三条、一ノ木戸の6小学校の6年生児童約400人の計約900人が参加して目抜き通りを進んだ。

    ことしは長岡まつりと日程が重なって恒例の大型ハーレーダビッドソンの先導はなかったが、坂本洋司副実行委員長の「この3日間、皆さま方で盛り上げていただきたい」とあいさつして始まった。

    凧と凧ばやし踊りパレード、手前から2番目の凧は10年ぶり披露した清友会の350枚ドの超特大凧

    凧と凧ばやし踊りパレード、手前から2番目の凧は10年ぶり披露した清友会の350枚ドの超特大凧

    三条小と裏館小児童による「凧ばやし」の演奏で、小学校ごとのそろいのはっぴを着た児童が踊り、凧協会19の凧組が六角巻凧約200枚を掲げてパレードした。

    凧組のひとつ、清友会は40周年を記念して10年ぶりに350枚ドの超特大凧が披露。電線の引っかかりそうになると、道幅いっぱいになるほどの凧を寝かせて歩き、神明宮前で凧を起こしたときには、沿道の見物人は「うわ~、おっき~」と目を丸くして見上げていた。

    市民民謡踊り流しに230人の大編成で初参加した富永草野病院

    市民民謡踊り流しに230人の大編成で初参加した富永草野病院

    続く午後7時40分からの市民民謡踊り流しでは、国定勇人三条市長が「とにかく楽しく踊って、この熱気を遠く甲子園にいる県央工高に届けようではありませんか」とあいさつ。自治会や事業所など40団体から約1,900人が参加し、三条民謡連盟と三条まつりはやし会が演奏する『三条音頭』、続く『三条おけさ』のはやしに乗って商店街通り約1.5キロを踊りの輪で結んだ。

    この日は気温が31.6度(三条市消防本部調べ)まで上がる真夏日。午後7時でも25.9度(同)と蒸し暑く、パレードや民謡の踊り手はたちまち汗びっしょりに。沿道の市民はうちわであおぐ手を休めずに見物し、知り合いを見つけると「あっちぇね~」とうちわを振ってあいさつしていた。